改訂新版 世界大百科事典 「ディオニュシオス2世」の意味・わかりやすい解説
ディオニュシオス[2世]
Dionysios Ⅱ
生没年:前400ころ-前330ころ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…その後一時民主政が興ったが根付かず,前5世紀末の前後2回にわたるアテナイ軍遠征の失敗とカルタゴの侵入はシチリアにおける内紛を再燃させ,その収拾の過程で再び僭主政が興った。シラクサを中心として,ディオニュシオス1世,ディオニュシオス2世,アガトクレスらの僭主が出現した。この間,前4世紀前半に哲人王を理想としたプラトンが3度シラクサを訪れたことは有名である。…
…シラクサの有力な政治家。ディオニュシオス1世の義弟で義理の息子。前389年にシチリアを訪れた哲学者プラトンの教えに傾倒し,1世の死後その後を継いだディオニュシオス2世を〈哲人王〉とすべく試みるが失敗してアテナイに亡命。…
※「ディオニュシオス2世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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