改訂新版 世界大百科事典 「ディーナール」の意味・わかりやすい解説
ディーナール
dīnār
イスラム世界における金貨の重さおよび金額の単位であると同時に,金貨そのものの呼称。ローマ世界で用いられたデナリウス貨に由来する。最も古いディーナール金貨は,ウマイヤ朝のアブド・アルマリク(在位685-705)時代にダマスクスで鋳造された。その後,エジプト,ヒジャーズ,チュニジア,スペインにも造幣所がつくられた。ウマイヤ朝時代のディーナール金貨は,純度96~98%,重さ4.25gで,銀の単位であるディルハムとの換算比率は1ディーナール=10ディルハムが標準とされた。ディーナールは主として旧ビザンティン領地域で使われ,旧ササン朝地域は,ディルハムであった。アッバース朝時代になると,ペルシア地方でもディーナールが使われるようになり,9世紀半ばごろに金銀二本位制が確立した。ディーナール金貨はこの間,純度・重さともきわめて安定しており,イスラム世界の活発な商業活動の基礎となった。金の主要な産地は,ヌビア,西スーダン(現在のマリ,ガーナ)であり,サハラを越えての金貿易はムスリム商人の独占であった。
10世紀の中ごろからは金の供給量が減少し始め,12~13世紀にはエジプトを除くほとんどの地域で,ディーナール金貨がつくられなくなった。ひとりエジプトだけは西スーダンの金をマグリブを経由せずに確保できたため,高品位のディーナール金貨をつくり,地中海商業に大きな役割を果たしていた。しかし15世紀の前半には,金の供給量を確保できなくなり,ディーナールの重量を切り下げたが,当時すでに地中海周辺から内陸部にまで流通していたイタリア諸都市の金貨にはとても対抗できなかった。15世紀には,すでにサハラの金貿易の主導権はイタリア商人に握られており,ディーナール金貨は消滅せざるを得なかった。
→貨幣[中東・イスラム時代]
執筆者:湯川 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報