改訂新版 世界大百科事典 「デュカンジュ」の意味・わかりやすい解説
デュ・カンジュ
Charles du Fresne,seigneur du Cange
生没年:1610-88
フランスのギリシア学者。シャルル・デュ・フレーヌが本名でデュ・カンジュは領地名である。ダニエル・ユエやマビヨンと並ぶ17世紀フランスの代表的学者で〈フランスのウァロ〉と称された。勤勉で有名であったが,多くの子どもや友人にも暖かく接した豊かな人柄で学者の模範とされた。47歳で初めて《コンスタンティノープル帝国史》を出版し,学問的ビザンティン史研究の始祖となった。68歳で3巻本として出した《中世ラテン語辞典Glossarium ad scriptores mediae et infimae latinitatis》は死後(1733-36)6巻本となり,さらにベネディクト会のサン・モールによる補訂によって7巻本,1883-87年には10巻本となって,デュ・カンジュというとこの辞書を指すほど有名となっている。ビザンティン文献からの用例による中世ギリシア語辞典(1688)のほか,エルサレムのフランス帝国や,フランス史,特にアミアン史についての多くの著書,ジョアンビルやゾナラの著作の校訂等の業績がある。彼の残した膨大なノートは大部分がビブリオテーク・ナシヨナル,アルスナル図書館,アミアン図書館にあり,一部はレイE.G.Reyの著書《国外諸名家》のように利用されたが,大部分は今後の利用を待っている。
執筆者:松原 秀一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報