赤十字の創始者。スイスのジュネーブ生まれ。慈悲心に富んだ父母の影響を受けて、青少年期から病人・貧者の救護にあたり、1855年にはYMCAの創設に参加した。
アフリカの貧困をみてその経済開発を思い立ち、アルジェリアに製粉会社を設立、その水利権を得るため、1858年イタリア統一戦争のため北イタリアに従軍中のナポレオン3世を訪ねる途中、カスティリオーネでソルフェリーノの激戦にあい、多数の負傷者の横たわる惨状をみてその救護活動に参加した。1862年その経験と傷病者救護のための中立的民間国際機構創設の必要を述べた『ソルフェリーノの思い出』を出版。それがヨーロッパ各国に多大の反響をよび、その影響によって1863年国際赤十字が創設され、翌1864年赤十字(ジュネーブ)条約が締結された。1901年、博愛、平和に尽くした功績によって第1回ノーベル平和賞を受賞した。
[宮崎繁樹]
『木内利三郎訳『赤十字の誕生――ソルフェリーノの思い出』(1959・白水社)』▽『Violet Kelway LibbyHenry Dunant;Prophet of Peace (1964, Pageant Press, Inc., New York)』
赤十字の創立者。スイスのジュネーブに生まれる。YMCAの世界組織の創設者の一人でもある。大学卒業後,フランス支配下のアルジェリアに赴き開発事業に携わるが,その事業が思わしくなく,1859年,再建交渉のためにパリに行く途上,イタリア統一戦争に遭遇。戦地ソルフェリーノで悲惨な状態にあった傷病者の収容,看護に献身する。この体験をもとに,62年《ソルフェリーノの思い出Un souvenir de Solférino》を出版し,戦場における中立的救護機関設置の必要性を各国各界に訴える。この提案に基づき,63年ジュネーブにヨーロッパ各国代表が集まり赤十字規約を決議,翌年12ヵ国間で赤十字条約が調印され,国際赤十字活動の基礎となる。ちなみに赤十字記章は,デュナンの祖国である永世中立国スイスの国旗の色を逆にしたもの。一方,事業家としてのデュナンは破産宣告を受けるなど不遇であったが,晩年スイスのハイデンの老人ホームで生活していた1901年,第1回ノーベル平和賞を受賞した。
執筆者:根本 嘉昭
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1828~1910
スイスの銀行家。赤十字運動の創立者。ナイティンゲールの活動に傾倒していたが,1859年ソルフェリーノの戦いを目撃して,赤十字運動を提唱した。1901年,最初のノーベル平和賞を受賞。
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…1996年現在,赤十字加盟国(赤十字国際委員会の承認を受けている国)は170ヵ国である。
[歴史]
ジュネーブに生まれたJ.H.デュナンは青年実業家として早くから宗教活動や慈善活動に参加していたが,1859年,イタリア統一戦争にさいし,ソルフェリーノの戦場を旅行したとき,多くの戦傷病者が医療を受けられないでいる悲惨さに深い衝撃を受けた。そしてクリミア戦争にさいしてナイチンゲールらが行った救護活動にならい,篤志家を糾合して傷兵の収容と看護につくした。…
※「デュナン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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