雪どけ(読み)ゆきどけ

改訂新版 世界大百科事典 「雪どけ」の意味・わかりやすい解説

雪どけ (ゆきどけ)

ロシア・ソ連邦の作家エレンブルグの中編小説《雪どけOttepel'》(1954)から生まれた言葉で,主としてソ連における緊張緩和政策を意味する世界語となっている。エレンブルグの小説はスターリン死後のソ連社会に訪れたささやかな変化を鋭敏にとらえ,人びとの生活感情を的確に表現した作品である。1954年という年はスターリンが死んで1年であり,スターリン批判が行われた第20回ソ連共産党大会に先だつ2年前である。その微妙な時期におけるソビエト社会の変化を,誠実な画家,田舎の官僚,年配の技師,金もうけしか考えない画家などを登場人物にして描いたものである。作者エレンブルグはのちに回想録でこう語っている。〈私は《雪どけ》の執筆にかかった。小都会の人びとの生活に大きな歴史的事件がどう反映するかを示し,私の抱いた雪どけの感じ,私の希望を伝えたかったのだ。《雪どけ》についてはいろいろ書かれた。時代は過渡期で,近い過去を拒否するのは一部の人たちには困難だったし,医師事件への言及,30年代の慎重な引用,特にこの中編小説の題名がそういう人たちを怒らせたのだった。新聞・雑誌では《雪どけ》はいつも必ず悪罵され,1954年末の第2回ソ連邦作家大会では,それは現実の不適当な示し方の槍玉にあがった。しかし,私は《雪どけ》を弁護する手紙も何千ともらった〉。このようにソ連では公式的に批判されたが,この小説の題名だけはひとり歩きして,以後,西側世界では,対ユーゴ関係正常化,米英仏ソの四ヵ国巨頭会談開催などに始まるソ連の緩和政策(〈冷戦〉の項参照)を意味する言葉としてひんぱんに用いられた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「雪どけ」の意味・わかりやすい解説

雪どけ
ゆきどけ
Оттепель/Ottepel'

ロシア・ソ連の作家エレンブルグが書いた中編小説。第一部は1954年、第二部は56年に刊行された。工場長の妻レーナと若い技師コロチェーエフとの恋愛を中心に、奇矯な老人ソコロフスキー、懐疑的な若い画家ボロージャらが登場する。一見、風俗小説風であるが、ソ連の社会がスターリンの死によってしだいに明るさを取り戻していく過程を背景に、市民たちの生活が多面的に描かれている。第一部発表の54年という年は、スターリンの死の翌年で、スターリン批判に先だつ2年前である。文学のうえではまだこのような空気を鋭敏にとらえたものはなかったし、そこに作者エレンブルグの時代を先取りした「目」が感じられる。この題名はのちに冷戦緩和の代名詞にまでなったが、ソ連での公式批評では最終的に否定的評価を受けた。しかし、今日からみれば、やはり作者の先見の明を多とすべきであろう。

木村 浩]

『江川卓訳『雪どけ』(『ロシア・ソビエト文学全集33』1965・平凡社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「雪どけ」の意味・わかりやすい解説

雪どけ
ゆきどけ
Ottepel'

ソ連の小説家 I.エレンブルグの小説。 1954~56年発表。地方都市を舞台に,官僚的な工場長ジュラブリョフ,その妻レーナ,父親ラーゲリに入れられ妻も戦争で失った技師コロチェーエフの三角関係,スターリン賞候補にもなり,才能ある進歩的画家といわれたボロージャ,妻と風景しか描かない貧乏画家サブーロフ,ユダヤ人女医シェレルと技師長ソコロフスキーの恋などを描きつつ,スターリン死後のソ連社会の変動をさりげなく表現した作品。古いものの崩壊と新しいものの勝利を描いたこの作品により,「雪どけ」という言葉はスターリン批判を進めようとする風潮の代名詞となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「雪どけ」の解説

雪どけ(ゆきどけ)

ソ連の作家エレンブルクが1954年に発表した小説の表題名に由来し,53年のスターリンの死後,ソ連の政治・社会に現れた統制・規制緩和の傾向を表現する言葉となった。また,冷戦,東西対立など国際的緊張の緩和をさす用語としても使われた。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「雪どけ」の解説

雪どけ
ゆきどけ
Ottepel'

一般には,1955年のジュネーヴ4巨頭会談以降の国際間の緊張緩和現象をさした言葉
名称は,スターリン死後の解放の雰囲気を描いた,旧ソ連の作家エレンブルクの小説(1954年刊)名に由来する。冷戦体制下における緊張緩和とともに,共産圏諸国内の締めつけ緩和をさした。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の雪どけの言及

【エレンブルグ】より

…戦後も《あらし》(1947),《第九の波》など長編を次々に発表,ソ連邦の立場を擁護した。その一方,純粋な芸術家として《作家の仕事について》で社会主義リアリズムの枠を広げようとしたり,中編《雪どけ》ではスターリン死後のソビエト社会の自由へのいぶきを敏感に描いた。しかし,これらの仕事は当局からきびしく批判された。…

【雪どけ】より

…ロシア・ソ連邦の作家エレンブルグの中編小説《雪どけOttepel’》(1954)から生まれた言葉で,主としてソ連における緊張緩和政策を意味する世界語となっている。エレンブルグの小説はスターリン死後のソ連社会に訪れたささやかな変化を鋭敏にとらえ,人びとの生活感情を的確に表現した作品である。…

【冷戦】より

…そのなかで,とくにイギリスの要請もあって55年7月ジュネーブ4国首脳会談が開催された。ドイツ問題,軍縮問題という実質では成果がなかったものの,交渉気運の盛上りは〈ジュネーブ精神〉として緊張緩和の雰囲気(雪どけ)をつくりだした。このジュネーブ首脳会談と同時になされたNATO(1955年5月西ドイツの加盟)とワルシャワ条約機構(1955年5月成立)との対峙は,冷戦の様相を変質させ,以後,主として米ソ間では核兵器に関する問題が,ヨーロッパでは東西ドイツの問題が,また第三世界では独立・革命・内戦・戦争等の紛争が冷戦の主要テーマとなっていく。…

※「雪どけ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android