北緯66度33分以北の極北地域。夏以外は大部分が凍結しているが、地球の平均と比べ温暖化が約2倍のペースで進んでいるとされる。原油など天然資源が豊富とみられ、アジアと欧州を結ぶ船舶の運航距離をスエズ運河経由より短縮できる北極海航路の可能性も注目されている。カナダ、デンマーク、アイスランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、ロシア、米国が1996年設立の「北極評議会」のメンバー国で、環境保護や開発問題を話し合う。日本や英国、中国などがオブザーバー。(ロンドン共同)
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北極圏とは、もともと、地球の自転軸の傾きから太陽との位置関係で決まる北緯66度33分の緯度円(Arctic circle)をさすが、緯度円以北の領域をさす場合もあり、ここではその領域、北極地域(Arctic)のことを記す。
北極圏は、中心が海で1年の大部分は海氷に覆われているが、周りには陸があり、スカンジナビア半島(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)、シベリア(ロシア)、アラスカ(アメリカ合衆国)、カナダ、グリーンランド(デンマークの自治領)、そしてアイスランドが占めている。これらは「北極圏8か国」といって北極評議会(Arctic Council)を組織し、かなり独占的に北極の問題を扱っている。なお、これらの国々にはその国ができる以前からこの地域に居住する「先住民」が生活しており、先住民団体も北極評議会の常時参加者として認められている。北極海にも、周りを囲む国々の排他的経済水域(EEZ)が広がっているため、公海の部分は中心部のわずかな領域になっている。最近、この公海の漁業資源を保護する目的で、「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定(略称、中央北極海無規制公海漁業防止協定)」が締結されている。
高緯度のため太陽高度は一般に低く(太陽のまったく出ない極夜の期間がある)、温まりにくいという低温を特徴とする。とくに地表面(海面)が雪や氷に覆われていることが多く、太陽の光を受けても反射してしまうため、より温まりにくい。冬の気温は中心の北極海よりも周辺の大陸上のほうが低温になり、最低気温はシベリア内陸のオイミャコンでマイナス71.2℃を記録している(非公式。世界気象機関〈WMO〉の公式記録では、グリーンランドのマイナス69.6℃)。夏も北極海ではそれほど気温が上がらず、高温になるのは大陸上であり、気温の年較差は大きい。南極に比べ、北極のほうが平均的に気温は高く、これは北極海の氷の下を流れる海流や大気中の熱輸送の影響によるものである。北半球高緯度には上空に強い西風(ジェット気流)が吹いており、北極を中心とした「極渦」を形づくっている。さらに高度10キロメートルより上の成層圏にも夏以外は西風の渦、極渦があり(周辺には強い西風の極夜ジェットが存在する)、これら極渦の様態が北極圏の気象・気候を大きく左右する。
北極海の海氷は、冬には北極海全域を覆い、大西洋側はスバールバルからグリーンランド南端まで、また太平洋側ではベーリング海を越えオホーツク海まで広がり、最南端は北海道に及ぶことが多い。一方、夏には海氷域は縮小し、北極点を中心にカナダ多島海側に分布するのみとなる。北極海の海氷はほとんどが流氷であり、海の流れとともに運ばれる。カナダ、アラスカ沖のボーフォート海には時計回りの循環があり、海氷は比較的長く北極海に留まっているが、シベリア沖から北極海中央部の海氷は「北極横断海流Trans Polar Drift」に乗って流され、おもにグリーンランドとスバールバルの間のフラム海峡を通って流出してしまう。北極海中央付近には生成から何年も経た「多年氷」が存在し、厚さは10メートルに及ぶこともある。近年は温暖化により夏の海氷域の縮小が著しく、その面積は2010年代には1980年代の半分になってしまっている。このままの勢いで減少すると、今世紀なかばには夏の北極海からは海氷がなくなってしまうのではないかと危惧(きぐ)されている。
北極周辺の大陸上には、アラスカ、カナダ、北欧に氷河が広がり、シベリアでは、北極圏を外れる付近の低緯度側の山岳地域に氷河が存在する。グリーンランドはほぼ全域を氷床が覆っている。地球温暖化に伴う、これら氷河・氷床の融解や崩壊は大きな問題になっており、海面水位上昇の主要因となっている。長年の雪が積もり積もってできた氷床なので、その掘削した氷の層を調べることで過去10万年の気候や環境が明らかになり、気温の低い氷期が続いた後、1万数千年前から暖かくなり現在の間氷期になったことがわかった。
北極圏の観測は1882~1883年に行われた「国際極年(IPY)」を嚆矢(こうし)に活発になった。もともと、ヨーロッパ諸国による探検が16世紀から行われていた。探検はナショナリズムを高揚するものであるが、科学的調査をするには国際協力が必要との立場から提唱されたものである。その後も探検が続くが、1893年から1896年にかけてのナンセンのフラム号による航海が有名で、氷に閉じ込められたフラム号の漂流の試みから、北極には大陸がないことと海氷の流れが実証された。IPYから50年後には、ふたたび国際共同観測が第2回国際極年(IPY-2)として行われ、日本も参加して国内で観測を行っている。第二次世界大戦後、国際地球観測年(IGY)が1957~1958年に挙行され、その際に北海道大学の中谷宇吉郎(なかやうきちろう)がグリーンランドのサイト2基地で氷の観測をし、これが日本人が参加した初の北極観測となった。1980年代の終わり、冷戦の終結に伴って北極域は開かれ、国際的に北極観測は活発になった。とくに、このころから世界の気候や環境の変動に関心がもたれるようになったが、北極の変化がとくに顕著であるという認識がその背景にあった。日本でも国立極地研究所がスバールバル諸島ニーオルスンに観測基地を設置したり、海洋科学技術センターの海洋地球研究船「みらい」による北極海航海が行われたりした。さらに、2010年代に入り、大規模な北極観測プロジェクトが実施されるようになっている。
北極圏で現在もっとも注目されているのは、地球温暖化の影響による北極圏の激しい温暖化とそれに伴う環境の著しい変化である。1970年代以降、北極圏は地球全体の平均に比べ2~3倍の速さで温暖化が進んでおり、これを「北極温暖化増幅」とよんでいる。すでに記した海氷域面積の減少や氷河・氷床の融解・崩壊は、まさにこのために起こっているもっとも顕著な現象である。グリーンランド氷床では、2010年以降の夏に何度も全域の氷床表面が融解する現象が起こっており、また、表面に生息する雪氷微生物の影響による氷河表面の暗色化も融解を促進する一因となっている。さらには、海氷減少は海氷域に生息するシロクマの生活圏を狭めるほか、大西洋、太平洋の流入水の影響による生態系の変化も指摘されている。陸上では、タイガなどの植生域の移動がみられる。永久凍土の広がる地域では、温暖化による凍土の融解は凍土の上に建てられた建築物の崩壊を招き、また、凍土中に閉じ込められていたメタンガスなどが放出される懸念もある。近年、北極圏での森林火災も増加しており、これも凍土の融解や、大気中の光吸収性の浮遊微粒子(エアロゾル)であるブラック・カーボンの増加をもたらす。温暖化増幅の原因は雪氷の減少で、雪氷により太陽光は反射され(地表面の反射率、アルベドという)、地面は温まりにくかったのだが、雪氷域が減って温まりやすくなり、温まると雪氷はさらに減る。この相乗効果(循環ループ)は「氷―アルベド・フィードバック」とよばれ、極域の気候を特徴づけるもので、温暖化増幅の主因になっている。北極温暖化の影響は北極にとどまらず、中緯度の気象・気候にも影響している。北極が温暖化することで、大気の循環が変わってジェット気流の蛇行が激しくなり、寒気がより南に及び、寒い冬や豪雪をもたらす現象が日本を含むユーラシア大陸東岸や、アメリカ大陸東岸で起こりやすくなっているといわれている。
一方、北極温暖化によるメリットもある。海氷域が減少して開放水面が広がると船舶の航行が容易になり、アジア側からヨーロッパ側に通り抜ける航路が開ける。これを北極海航路とよび、昔から望まれていた。北極探検の目的の一つはこの北極海航路の探索であったが、近年の温暖化により、ようやく実現しつつある。北極海航路を使うと、これまでアジアとヨーロッパを結んでいたスエズ運河経由よりも、4割ほど航路が短くなる利点がある。また、北極海のシベリア沿岸には石油や天然ガスといった天然資源が豊富に埋蔵されていることがわかり、この開発はエネルギー問題の解消に役だつ。すでにシベリアの北極海沿岸ヤマル半島では掘削が始められており、この燃料輸送も北極海航路があってこそ実現するもので、日本を含め多くの国々から、その将来の可能性が期待されていた。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻が勃発(ぼっぱつ)して以来、先行きは見通せなくなっている。
北極圏にはエスキモーやイヌイット、サーミなどとよばれるさまざまな先住民が生活している。ヨーロッパ文明圏から北極圏に広がっていった人々とは異なる、1万年以上前から1000年前までに住み着いていた人々で、なかなか現在の国家体制とは同化できずにいる固有の文化をもった人々である。そこには北極圏各国とは別の、先住民族同士のつながりができている。これらの人々は、古くから狩猟・採集を生活の手段としていることが多く、近年の北極温暖化とそれに伴う環境変化で深刻な影響を受けている。とくに、海氷減少に伴う沿岸域での漁業や狩猟が困難となっていることから、食糧の確保が大きな課題となっている。また、凍土の融解に伴う地盤の沈下によって建物の崩壊なども大きな問題になっている。これらの人々の生活環境を守ることは、北極圏各国の北極政策のなかで重要な課題となっている。さらには、長く北極圏に住む先住民は独自の「在来知」を蓄積しており、これから学ぶことも北極研究の一つの課題である。
[山内 恭 2023年8月18日]
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