ニュー・トポグラフィックス(読み)にゅーとぽぐらふぃっくす(その他表記)New Topographics

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ニュー・トポグラフィックス
にゅーとぽぐらふぃっくす
New Topographics

1970年代にアメリカで起こった風景写真の新たな潮流。1975年、ニューヨーク州ロチェスターにあるジョージ・イーストマン・ハウス国際写真博物館で「ニュー・トポグラフィックス」展という題名をもつ写真展が開催された。これは、当時現れてきた風景写真の新たな傾向焦点をあてた展覧会であった。この展覧会には、以下の8人と一組の作家が紹介された。ルイス・ボルツ、ロバート・アダムズ、ジョー・ディールJoe Deal(1947―2010)、フランク・ゴールケFrank Gohlke(1942― )、スティーブン・ショア、ニコラス・ニクソン、ヘンリー・ウェッセル・ジュニアHenry Wessel Jr.(1942―2018)、ジョン・ショットJohn Schott(1944― )、ベッヒャー夫妻。この展覧会は、その斬新な内容とその後への影響から、20世紀後半における風景写真の転換点として記憶されることになった。

 同展で取り上げられた写真家たちの作品はいずれも既存の伝統的な風景写真のジャンルには収まりきれなかった。展覧会の副題は「人間によって変容させられた風景」というもので、写真家の視点は、風景写真が主題としてきた「自然」ではなく「人間によって生み出された環境」に向けられていた。したがって、同展には伝統的な風景写真にみられる自然のドラマチックな光景はなく、陳腐でありふれた場所、殺伐とした場所が撮影されており、そうした場への冷徹なまなざしと、自然美を讃える風景写真の伝統的美学を無視したような構図や手法が特徴的であった。たとえば都市郊外の新興工業団地の様子を冷ややかに写したボルツ、あるいは溶鉱炉などの工業建築物を緻密な構図で捉えたベッヒャー夫妻の仕事のような「奇妙な」風景写真は、19世紀後半のアメリカ西部開拓写真に始まり、20世紀の前半にエドワード・ウェストンやアンセル・アダムズらによって確立されたアメリカの風景写真の美学に明らかに対立するものであった。こうした新たな傾向を指し示す言葉として、手あかのついた「風景」ではなく「ニュー・トポグラフィックス」という言葉が選ばれたのである。

 トポグラフィックスという言葉は、ギリシア語で場を意味するトポス画法などを意味するグラフィックスからなる。トポスという元来、美術用語ではない言葉は、自然美や情感など「風景写真」にまとわりついたさまざまな伝統的概念を回避することができる。グラフィックスは、表現の方法論への問いかけを含む言葉である。つまりニュー・トポグラフィックスとは、旧来の風景の概念をいったん棚上げにして、「場」と写真表現の関係を改めて問いかけ、そこに新たな表現の可能性を切り拓こうとする姿勢を示していたのである。

 伝統的な風景写真では、レンズが向けられる場所は美的崇拝や憧れの対象であり、撮影者はその場といわば一体化し、視覚的な内容を普遍的な美へと昇華させることが重要とされる。ニュー・トポグラフィックスの写真では、写される場所はそうした対象ではなく、なんらかの普遍的な表象のシンボルとなるのではない。むしろ、その「場」と一体化するのではなく距離感をもって突きはなし、都市文明や共同体に孕(はら)まれ、日常的には見えてこない時代や場所の様相を指摘し知らしめる媒体として写真を働かせている。この動向の旗手の一人、ボルツはこう語っている。「私の写真にとって重要なのは、見えないものを見えるようにすることである」。いいかえれば「ニュー・トポグラフィックス」展は、風景写真における「場」を、美学的対象としてではなく、より広い人間的関心の現れの場として捉える視点を鮮明に示した展覧会だったのである。

 ニュー・トポグラフィックスは、1970年代後半から1980年代ころまで、新しい写真表現として大きな国際的な反響を呼んだ。日本でも、すでに1970年代に田村彰英(あきひで)の作品に先駆的に見られるようにニュー・トポグラフィックス的な風景へのアプローチが見られたが、その傾向が本格的になるのは1980年代に入ってからである。小林のりお(1952― )、柴田敏雄、畠山直哉、伊奈英次(1957― )らが、風景写真の革新を牽引し、1990年代にかけて重要な作品を発表し、国際的にもこの時期の日本の風景写真は注目されるに至った。

[深川雅文 2018年10月19日]

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