象徴。表象、記号ともいい、王冠が君主政治を、花嫁の着る白無垢(しろむく)が純潔を表すように、ある物や事を別の物や事によって表すことを象徴(シンボル)という。この場合、王冠や白無垢は象徴であり、君主政治、純潔という意味内容をもっている。
[吉田禎吾]
すべて意味を担うもの――記号(シンボル)のうち、とくに人間による意味づけを担うものを狭義の象徴(シンボル)とよぶ。象徴は自然的連関よりも恣意(しい)的連関に、行動よりも思考に、「もの」よりも関係に結び付くもので、言語はこうした象徴の代表的なものである。象徴の問題は今日、哲学、論理学、心理学から神話学、宗教学、芸術等々に至る広い諸分野における研究の一つの中心的主題となっている。たとえばランガーの「新しい基音(キー)にたつ哲学」(『シンボルの哲学』)は、シンボルという基調から現代のさまざまな観念が生み出されることをいっており、この鍵(キー)はまた、現代の諸問題に解答を与える、気に入りの鍵であるともいえよう。「人間は象徴を操る動物である」と定義したランガーの師カッシーラーは、象徴能力が、環境への適応にとどまらず、新しい意味づけによる環境創造の能力であることを強調した。彼の象徴の考えは、20世紀の自然科学上の概念が対象の模写を目ざしているのではなく、人間がつくった象徴とその体系によって、対象の関係ないし機能を記述しようとしているのだ、という認識に基づいている。このような「脱素材化」は、いわば物に対する意味の優位を示すものであり、彼は、同じ象徴能力が科学のみならず、さまざまな文化領域をつくりあげているとした。言語をはじめ人間精神の創造する意味世界は、現実の「脱素材化」の所産である。
象徴はこのように人間の自由な想像力の輝かしい成果といえようが、一面ではまた人間の誤謬(ごびゅう)と狂気の源ともなる。ここに象徴体系の批判の問題が出てくる。
関係とは、いうなれば部分と全体とのつながりであり、部分は、それが全体を意味することによって全体を代表することができる。象徴の体系にはいろいろあるが、本質的には、ある目的のために考案され、一つの全体を把握するための的確なネットワークである。としてみれば、当然不必要な細部や途中の段階は捨てられ、固定された抽象的な概念や記号それ自身には、象徴作用の目的や価値が見失われてしまうという危険性がある。象徴体系は人間の象徴能力によってつくられるが、しかし象徴の世界そのものは、実はそれ自身の固定化を超えたところにあり、その全体の輪郭は、探求のなかで変わり続けなければならないであろう。人間固有とされる象徴能力を支える生物学的基礎と、繁茂する象徴のかりとりと刷新――新しい思考様式の可能性――を求めて、次の基音はすでに鳴り始めている。
[塚本明子]
社会目標を設定・達成するという政治的行為およびそれから生じる政治現象を認識するため、あるいは、人々の政治的行為を統制し組織化するためにシンボルが用いられた場合、それらのシンボルを政治シンボルpolitical symbolという。その意味で、政治シンボルは、他のシンボルと離れて別個に存在するものではない。
一般に、政治シンボルは、先の定義から理解されるように、政治過程において二つの主要な機能を果たしている。第一は、政治現象や政治的行動様式を記述・分析・説明する機能である。つまりわれわれは、シンボルを媒介として、政治社会における自己の位置を確認し、それに基づいて行動し、行動することができる。また逆に、一定の社会で用いられているシンボルを手掛りとして、その社会の政治状況を探ることも可能である。政治学者H・D・ラスウェルは、人々の感情を結晶化させ、社会の統合を達成するのに重要な役目を果たすシンボルを「鍵(キー)シンボル」と称し、それが一定の社会でどれだけ頻繁に用いられているかを探ることで、その社会の意識状況や政治思想を把握することができると考えた。
さらに、政治シンボルは、社会のメンバーに、自分が属している社会の価値や目的を自覚させ、同じ価値や目的を有しているメンバーと連帯しているという意識を醸成する(シンボルの同一化作用)。また、社会集団や組織とそれらの行動様式に正当性を付与したり剥奪(はくだつ)したりする一方で、新たに台頭する社会集団に正当性を付与したりする(シンボルの正当化作用)。こうした同一化作用・正当化作用を、政治シンボルの組織化・統合作用という。
政治シンボルのこうした機能に注目して体系的な分析を行ったのはアメリカのC・E・メリアムである。彼は、人々の情緒に訴え、人々のなかに支配者や支配秩序が賛美に値するのだという感情を喚起させ、社会への帰属感・一体感・連帯感をつくりだすシンボルをミランダと称し、支配の正当性を合理化し、正当性信念を育成するシンボルをクレデンダと称した。前者には、民族・階級などの言語シンボル、建造物などの物的シンボル、行進・デモなどの行動的シンボルなどが、後者には、神による授権などの非合理的な教義から、人民の合意というような合理的な論理などが含まれる。
[谷藤悦史]
『S・K・ランガー著、矢野萬理他訳『シンボルの哲学』(1960・岩波書店)』▽『M・フォス著、赤祖父哲二他訳『シンボルとメタファー』(1972・せりか書房)』▽『A・N・ホワイトヘッド著、市井三郎訳『象徴作用他 新装版』(1996・河出書房新社)』▽『内川芳美他編『講座 現代の社会とコミュニケーション1 基礎理論』(1973・東京大学出版会)』▽『永井陽之助著『政治意識の研究』(1976・岩波書店)』▽『C・E・メリアム著、斎藤真・有賀弘訳『政治権力』上下(1973・東京大学出版会)』▽『D・スペルベル著、菅野盾樹訳『象徴表現とは何か』(1979・紀伊國屋書店)』▽『E・リーチ著、青木保・宮坂敬造訳『文化とコミュニケーション』(1981・紀伊國屋書店)』▽『吉田禎吾著『宗教と世界観』(1983・九州大学出版会)』▽『ターナー著、梶原景昭訳『象徴と社会』(1981・紀伊國屋書店)』▽『ターナー著、冨倉光雄訳『儀礼の過程』新装版(1996・新思索社)』
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…語(言語記号)は条件反射の刺激という信号に取って代わる〈信号の信号〉であり,この〈信号の信号〉は事物・事象が不在でも,それらについての観念を指示し惹起することができる。 実現された記号はその形式的特徴からアイコンicon(類像記号――ある対象の画像など),インデクスindex(指標記号――矢印がなんらかの対象を指示する場合),シンボルsymbol(象徴記号――約束的な記号で,その代表は自然言語)の3種に分類されることがある(C.S.パース)。また,モリスによれば,こうした記号を検討する記号論は,意味論semantics(記号と,それが指示する対象の関係。…
…冷たい穴では,生命を強化するために,川で冷やした薬を用いる。生命の力が死の力を上まわるよう,熱い穴で6回,冷たい穴で12回治療した後,熱い穴で死と妖術のシンボルである赤いオンドリの首をはねてそこに血を注ぎ,患者が冷たい穴から地上へ出るところで治療の過程は終わる。 こうした治療法は錯乱した因果認識にもとづく虚偽の技術とみなされがちだが,シンボル(象徴)の作用に着目するならば別の解釈が生まれてくる。…
…象徴はきわめて多義的な概念であるが,ごく一般的には,たとえば鳩は平和の象徴であるとか,王冠は王位の象徴であるとかいうように,目や耳などで直接知覚できない何か(意味や価値など)を,何らかの類似によって具象化したもの(物や動物や,あるいはある形象など)をいう。〈象徴〉を意味する西欧語(英語のシンボルsymbolなど)の語源は,ギリシア語の動詞symballein(〈いっしょにする〉の意)からきた名詞シュンボロンsymbolonで,何かのものを二つに割っておき,それぞれの所有者がそれをつきあわせて,相互に身元を確認しあうもの=割符を意味した。さらに広く,何かを共有していることで,同じ共同体の構成員であることを示す場合にも用いられた。…
…ホメロスの《イーリアス》の中に,敵対する2人の戦士が,互いの先祖がもてなしによって結ばれた関係にあることを知ると,ただちに戦いをやめるという有名なエピソードがあるが(詳しくは後述),それなどはホメロスの時代のギリシアにおいて,もてなしの紐帯(ちゆうたい)が〈相続〉されるものであったことを物語るものであろう。シンボルsymbolという今日では象徴一般を意味する語は,そのもとをたどれば古代ギリシア語のシュンボロンsymbolonであり,これはもてなしによって結ばれた紐帯の〈しるし〉として主人が客人に与えた指輪や硬貨の半片を指したといわれるが,そのような〈シンボル〉も家系をたどって子孫に伝えられたのである。 また,飲食,宿舎,衣類など,客に分け与えられるもののうち,とくに飲物と食物はもてなしにとって本質的な意義をもっている。…
…カントの思想を継承したショーペンハウアーは,物自体を明確に意志・意欲・生命力としてとらえている。(7)興味あるものとして,〈物〉を高次に構成された〈構造〉ないし〈シンボル〉としてとらえる考え方がある。たとえば人間以外の動物の場合には,神経系の発達が最高度の段階に達しているチンパンジーにあってさえも,行動の対象はそのつどの生物学的環境のなかでの刺激の一定の布置,つまりその時々の現れにとどまる。…
※「シンボル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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