ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ネーズビーの戦い」の意味・わかりやすい解説
ネーズビーの戦い
ネーズビーのたたかい
Battle of Naseby
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イギリスのピューリタン革命において議会派の勝利を決定的にした戦い。オックスフォードに本拠を置く国王派の軍隊がレスターシャーに進軍したあとを、フェアファックス、クロムウェル両将軍に率いられた議会派の軍隊が追い、1645年6月14日、両軍はイングランド中部のネーズビーNasebyで衝突した。チャールズ1世は、ルパート王子の率いる騎兵隊の力を過信したため、援軍の到着を待たずに攻撃を開始し、ほぼ2倍の兵力をもつクロムウェルの「新型軍」New Model Armyの反撃を受けて惨敗した。この戦いによって、第一次内戦の勝敗が決まっただけではなく、新型軍の戦力が明らかになり、以後軍隊の政治的な力は侮れないものになった。(書籍版 1987年)
[小泉 徹]
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