日本大百科全書(ニッポニカ) 「ノサック」の意味・わかりやすい解説
ノサック
のさっく
Hans Erich Nossack
(1901―1977)
ドイツの小説家。ハンブルクの貿易商の家に生まれ、大学で哲学と法律を学ぶ。工場労働者や商店員などを転々としたのち、父の商社を継ぐ。早くから戯曲や詩を手がけたが、発表の機会なく、1943年のハンブルク大空襲で原稿をすべて焼失。廃墟(はいきょ)での体験をつづった『死者へのたむけ』(1947)、『死とのインタビュー』(1948。のち『ドロテーア』と改題)がサルトルに注目され、まずフランスで、のちドイツでも認められ、文壇に登場。56年以降、亡くなる直前まで文筆に専念。
代表作は長編『遅くとも11月に』(1955)、『弟』(1958)、短編集『螺旋(らせん)』(1956)などで、繁栄を続ける旧西ドイツ社会の不毛な精神状況に絶望した孤独な個人の、新しい可能性を求めて未知の世界へ脱出する試みが、シュルレアリスム風の幻想を交えてつづられる。晩年の長編『幻の勝利者に』(1969)、『盗まれたメロディー』(1972)では、「向こう側」の世界で挫折(ざせつ)して帰り、敗残者として生きる「再亡命者」の消息に、人間存在の可能性を追求している。ほとんどの作品が「報告」「記録」の形式をとり、劇的な筋立てはない。たとえば『わかってるわ』(1964)のように全編瀕死(ひんし)の娼婦(しょうふ)のモノローグで終始するなど、単調かつ素朴な構成が共通している。ほかに『最後の反乱の後に』(1961)、『ダルテス事件』(1968)、『待機』(1973)、『幸福な人』(1975)など。
[山本 尤]
『川村二郎他訳『影の法廷――ドロテーア』(1979・白水社)』▽『中野孝次訳『弟』(『世界文学全集21 20世紀の文学』所収・1965・集英社)』▽『中野孝次訳『盗まれたメロディー』(1974・白水社)』