ノビコフプリボイ(読み)のびこふぷりぼい(英語表記)Алексей Силыч Новиков‐Прибой/Aleksey Silïch Novikov-Priboy

精選版 日本国語大辞典 「ノビコフプリボイ」の意味・読み・例文・類語

ノビコフ‐プリボイ

  1. ( Aljeksjej Silyč Novikov-Priboj アレクセイ=シルィチ━ ) ソ連小説家日露戦争バルチック艦隊水兵として参加捕虜となった。その体験もとにして長編小説「ツシマ」を書いた。(一八七七‐一九四四

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ノビコフプリボイ」の意味・わかりやすい解説

ノビコフ・プリボイ
のびこふぷりぼい
Алексей Силыч Новиков‐Прибой/Aleksey Silïch Novikov-Priboy
(1877―1944)

ソ連の小説家。農民の出で、一水兵として日露戦争に加わり捕虜となったが、帰国(1906)後、対馬(つしま)沖海戦をめぐる発禁パンフレットを刊行して当局に追われ、イギリスに逃れ(1907)、商船員として1913年まで亡命生活を送った。この間カプリ滞在中のゴーリキーを知り、その影響下に短編集『海の物語』(1917)ほか、海洋小説を多く書いた。代表作の長編『ツシマ』(1932~35)は、日露戦争時虜囚の身でつけたメモと海戦の参加者から得た資料をもとに、戦闘の推移、艦隊の壊滅までを水兵集団の行動のヒロイズムと革命意識の覚醒(かくせい)を中心に精密に描いた歴史小説である。

島田 陽]

『上脇進訳『ツシマ』(1984・原書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ノビコフプリボイ」の意味・わかりやすい解説

ノビコフ・プリボイ
Aleksei Silych Novikov-Priboi
生没年:1877-1944

ソ連邦の作家。1899年から1906年まで水兵勤務。1904-05年の日露戦争で対馬沖の海戦に参加,日本の捕虜となり,抑留中に創作をはじめる。帰国後05年革命に参加し,07年に国外に亡命,各国の商船で水夫として働き,13年に帰国した。革命後,作家生活に入り,《潜水夫たち》(1923),《海の女》(1928)など,海に働く人たちの生活を扱った中・短編を発表した。代表作となった《ツシマ》(1932-40)で,彼は歴史文献の研究のうえに自己の体験を織りこみ,対馬沖でのロシア水兵の勇気,司令部の無能,水兵の間に高まる反戦気分などを描いた。この作品は数百万部も売れる成功を収めた。ほかに長編《一等大尉》(未完)がある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ノビコフプリボイ」の意味・わかりやすい解説

ノビコフ=プリボイ
Novikov-Priboi

[生]1877.3.24. タンボフ,マトベーエフ
[没]1944.4.29. モスクワ
ロシア,ソ連の作家。本名 Aleksei Silych Novikov。農民の家に生れた。 1904~05年の日露戦争でバルチック艦隊壊滅の際,日本の対馬付近で捕虜となった。 06年帰国後,反政府活動のため官憲に追われ一時イギリスに亡命。 M.ゴーリキーを知り,海軍物の短編を多数発表。代表作は歴史叙事詩『ツシマ』 Tsusima (1932~35) 。ほかに未完の長編『一等大尉』 Kapitan 1-go ranga (42~44) がある。

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