個々人に直接的に与えられる、知的な諸操作が加えられる以前の非反省的な意識内容をさす。経験が外界の知的認識という客観的な意味をもつのに対し、体験はより主観的、個人的な色彩が濃い。すなわち、知性による整序や普遍化を経ていない点で客観性を欠き、具体的かつ1回的なできごととして情意的な内容までも含んでいる。
哲学史上、体験をもっとも重視したのはディルタイの生の哲学ないしは解釈学である。彼によれば、体験とは人間の主体的な働きそのものであり、生と世界とが出会う根源的な場にほかならない。しかし、体験はもっとも確実な所与である反面、主観的な偏狭さをあわせもつ。その制約を打破し、体験を全体的把握にまで高める作業が彼のいう「了解」である。体験はドイツ語に特有の表現であり、他のヨーロッパ語では「経験」になんらかの限定をつけてその内容を表す(たとえば「生きられた」経験)。
[野家啓一]
『O・F・ボルノー著、戸田春夫訳『生の哲学』(1975・玉川大学出版部)』▽『O・F・ボルノー著、麻生建訳『ディルタイ』(1977・未来社)』
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