フランスの小説家スタンダールの長編小説。1839年刊。素材は16世紀の古文書から採られているが,作者は巧みに19世紀初頭のイタリア貴族の息子ファブリスの物語に置き換えている。かつて自ら生きたナポレオン叙事詩を編中に取りこみ,精神的故郷イタリアを舞台とすることによって作者の想像力は奔騰し,わずか53日間の口述筆記で本書は成った。バルザックが〈現代の“君主論”〉と賛嘆した宮廷政治学,その桎梏(しつこく)の下で絶えず道徳の埒外(らちがい)に幸福を求めざるをえない主人公たち,そうした主題を,イタリアへの愛と自らの青春への愛惜をこめつつ展開する。言葉の最高の意味で〈生きる〉ことを希求する人物たち,ファブリスを熱愛する叔母ジーナ,その恋人でパルム公国の敏腕宰相モスカ,敬虔と情熱を併せもち,その相克を超えてファブリスへの愛を貫くクレリア,そして野放図とみえながら絶えず傷ついてやまぬ作者最愛の分身ファブリス,彼らの奔放な行動が,〈自由と幸福〉追求の物語となり,澄明(ちようめい)な小説宇宙を築きあげている。
執筆者:冨永 明夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスの作家スタンダールの長編小説。1839年刊。素材はイタリアの古記録中の事件にあるが、のち教皇となった一青年貴族の物語を、ナポレオンを崇拝するイタリア貴族の息子ファブリスの身の上に移すことによって、作者の創作力は奔騰した。わずか五十余日の口述筆記で本書は成ったのである。バルザックは、小君主国パルムの宮廷政治の分析をマキャベッリの『君主論』になぞらえて絶賛したが、その桎梏(しっこく)の下で、主人公たちは絶えず道徳のらち外に自らの幸福を追求せざるをえない。むてっぽうにワーテルローの会戦に馳(は)せ参じたり、恋の火遊びから殺人の罪に問われたりするなど、野放図(のほうず)な冒険を重ねつつ、ついに獄中でクレリアとの恋を知るファブリス。彼にほとんど近親相姦(そうかん)的な愛情を注ぐ叔母サンセベリーナ。その愛人でパルム公国の敏腕宰相たるモスカ。監獄長の娘であり、信仰と恋の相克に悩みながらもファブリスへの愛を貫くクレリア。彼らはいずれも、ことばの最高の意味で「生きる」ことを欲する人物たちである。彼らの自由と幸福の追求の物語を、イタリアへの愛と自らの青春への愛惜を込めて語ることによって、作者はもっとも澄明な小説的宇宙を築き上げることに成功した。
[冨永明夫]
『生島遼一訳『パルムの僧院』全二冊(岩波文庫)』
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