ひさご塚古墳(読み)ひさごつかこふん

日本歴史地名大系 「ひさご塚古墳」の解説

ひさご塚古墳
ひさごつかこふん

[現在地名]彼杵町彼杵宿郷 古金屋道上

彼杵川河口部の砂礫丘にある前方後円墳。彼杵古墳とも瓢箪ひようたん塚とも称されていたが、彼杵の古墳として県指定史跡。平成二年(一九九〇)・同五年に発掘調査。築造時は全長五八・八メートルの前方後円墳であったが、現状は変形を余儀なくされ、一部に葺石がみられるものの、墳丘全体を覆っていたかどうかは確認できない。


ひさご塚古墳
ひさごづかこふん

[現在地名]哲西町上神代

南から北へ向かって流れていた神代こうじろ川が東に向きを変え始める付近にあたり、西側の山麓緩斜面の末端に築かれている。前方後円墳と伝えられ、ひさご塚の名称からもそのことをうかがわせるが、現在はわずかに残丘をとどめるのみである。伝えによれば石室があって鉄刀などを出土したといわれるが、この古墳を著名なものとしたのは、数体の人物埴輪を含む埴輪が発見されたためである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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