日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒザラガイ」の意味・わかりやすい解説
ヒザラガイ
ひざらがい / 石鼈貝
chiton
coat-of-mail
広義には軟体動物門多板綱に属する動物の総称で、狭義にはそのうちの1種をさす。ヒザラガイの名は語源的には膝皿貝(ひざさらがい)を意味し、岩からはがすと体を腹方に丸めるさまが膝を曲げたようなのが由来で、方言のジイガセ(爺が背)、コゴマリ(屈まり)も同様の感じからつけられたものである。
ヒザラガイ類(多板綱Polyplacophora)は、体は楕円(だえん)形で平たく、背面はわずかに高まり、背に縦列に8枚の殻板が並んでいて、前後の2枚(頭板と尾板)は半円形で、中間の6枚はほぼ同形、表面に肋(ろく)や顆粒(かりゅう)などの彫刻がある。殻の周囲を囲む部分を肉帯といい、ここには鱗(うろこ)、棘(とげ)、ひげ、針状などをした突起などの装飾がある。腹面は楕円形の広い足裏になっていて、はうよりは吸盤のように地物に吸着する力が強い。頭部には触角、目を欠くが、口には複雑な歯舌があり、歯舌の一部には鉄化合物が沈着している。肛門(こうもん)は体後部に開く。足の側部は外套腔(がいとうこう)が狭い溝になっていて、ここに数個から数十個のえらがある。
ヒザラガイ類はすべて海産で、潮間帯岩礁にもっとも種類が多いが、数千メートルの深海にもすむ。通常、岩盤上に育成する微小生物をかき取っているが、深海性のものは海底の沈木などを栄養源とする。現生種は全世界に1000種、日本産90種。分類上は、化石種の古ヒザラガイ目Palaeoloricataと、現生する新ヒザラガイ目Neoloricataに分けられ、後者にサメハダヒザラガイ類、ウスヒザラガイ類およびケハダヒザラガイ類の3亜目がある。サメハダヒザラガイ亜目Lepidopleurinaは小形の深海性種を多く含む。肉帯は幅狭く微小鱗片(りんぺん)のみを有し、頭板を除き各殻板に着生板を欠く。ウスヒザラガイ亜目Ischnochitoninaは着生板をもち、殻板は幅広い。ヒザラガイ、ババガセなど多くの浅海性種を含む。ケハダヒザラガイ亜目Acanthochitoninaは前亜目同様、各殻板は着生板をもっているが、殻板は小さく、また肉帯にいろいろな程度で覆われ、属によっては殻板が背側からまったく見えない場合もある。肉帯には毛または毛束を主とする装飾をもつものが多い。ケハダヒザラガイAcanthochiton defilippi、ケムシヒザラガイCryptoplax japonica、オオバンヒザラガイCryptochiton stelleriなどは本亜目に入る。
ヒザラガイAcanthopleura japonicaは代表的な多板綱の1種で、北海道南部以南の各地、屋久(やく)島、および朝鮮半島南部にまで分布する。体長55ミリメートル、体幅35ミリメートル、体高13ミリメートルぐらいの長楕円形で、背上には幅広い殻板が並ぶ。殻はわずかに重なり合い、左右両端は丸みがあって弓状に反る。殻表には黒褐色の大きい斑紋(はんもん)がある。殻の周囲の肉帯には、全面にやや平たい小さな棘が密生していて、灰白色と褐色の横縞(よこじま)がある。潮間帯の岩礁に張り付いていて、岩からはがすと腹方に丸く曲がる。動作はきわめて緩慢で、満潮時、岩盤上についた微細な生物をなめる。一部の地方では汁の実などに用いられる。
[奥谷喬司]