ピウス9世(読み)ピウスきゅうせい(その他表記)Pius IX

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ピウス9世」の意味・わかりやすい解説

ピウス9世
ピウスきゅうせい
Pius IX

[生]1792.5.13. セニガリア
[没]1878.2.7. ローマ
史上最長の在位 (1846~78) を記録した教皇。本名 Giovanni Maria Mastai-Ferretti。別名 Pio Nono。1827年スポレト大司教,1832年イモラ司教,1840年枢機卿。教皇登位後ただちに改革を断行。1848年二院制の憲法を制定したが,革命の嵐は教皇領をも席捲し,ナポリ王国へ逃れ,1849年ローマ共和国が成立。1850年ローマに帰還。専制体制を保って,リソルジメント(イタリア統一運動)と対立しつつ,1850年代を通じてカトリック諸国と政教条約を結んで関係の強化に努めた。1860年ピエモンテとの戦いに敗れ,教皇領はペテロ世襲領のみとなった。1870年バチカン市国が成立。教義上では,1864年大勅書「クァンタ・クーラ」 Quanta curaに当時の 80の神学説を退ける謬説表を付した。1869年第1回バチカン公会議を開いて教皇不謬性を明文化し,1854年聖母マリア無原罪の御やどりを教理とした。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ピウス9世」の解説

ピウス9世(ピウスきゅうせい)
Pius Ⅸ

1792~1878(在位1846~78)

ローマ教皇。1848年のイタリアの革命運動に際して一時ローマを追われ,イタリア統一により教皇領の多くを失ったが,教会の権威の強化に努め,ヴァチカン教会会議で教皇不可謬(ふかびゅう)性の教義を定め,ビスマルクとの間で文化闘争を展開した。

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367日誕生日大事典 「ピウス9世」の解説

ピウス9世

生年月日:1792年5月13日
教皇
1878年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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