日本大百科全書(ニッポニカ) 「ファース」の意味・わかりやすい解説
ファース(Raymond William Firth)
ふぁーす
Raymond William Firth
(1901―2002)
ニュージーランド生まれの社会人類学者。ニュージーランドで経済学、イギリスではマリノフスキーの下で人類学を学んだ。1944~1968年までロンドン大学の人類学の教授を務め、多くの弟子を育成した。学位論文『ニュージーランド・マオリの原始経済』(1929)は、おもに文献研究によるものであるが、先住民マオリの経済活動に焦点をあてながら、それが他の社会現象と深く結び付いていることを明示した大著である。1928年から1年間、南太平洋ソロモン諸島内のポリネシア離島ティコピアで詳細な調査を行った。『我らティコピア人』(1936)は、親族関係を中心に記述されたきわめて精緻(せいち)な研究論文である。ティコピアに関してはその後も調査を続け(1952、1966)経済、宗教、口唱など多岐にわたって、ティコピア文化を解明する著書が刊行されている。そのほかマレー半島の漁村、西アフリカ、ニューギニアでも調査研究を行った。業績としては、一つは上記のような実証研究を踏まえて、経済人類学の理論的発展に貢献したことであり、一つは親族組織の研究、とくに選択的出自集団の存在に着目し、その後の双系制ないしは選系制研究の道を開いたことであろう。
[青柳まちこ 2018年12月13日]
『R・W・ファース著、須山卓訳『民族学入門』(1943・慶応書房)』
ファース(John Rupert Firth)
ふぁーす
John Rupert Firth
(1890―1960)
ロンドン学派言語学の創始者。ロンドン大学オリエント・アフリカ研究所で、イギリス初の一般言語学教授となる(1944~1956)。英国フィロロジー学会会長(1954~1957)。その学説は、(1)意味論における「スペクトル」と「場面の脈絡」、(2)音韻論における「プロソディー分析」に集約される。(1)では、言語を内容と表現に二分せず全一体としてとらえ、それを言語学というプリズムを通して音声、音韻・統語、場面などの数個のレベルに「分光」して扱うことを主張、言語の意味の全体的な把握は場面の脈絡において初めて可能であるとした。これは即物的な場面の脈絡でなく、分析のための抽象的枠組みである。(2)では、子音、母音など分節音の範囲を超えて音節、形態、文などと関連して機能する、強勢、音高、リズムなどを音韻分析の基礎に据えた。著書に『Speech』(1930)、『The Tongues of Men』(1937)があり、数多い論文の大部分は『ファース言語論集』に収録されている。
[大束百合子 2018年7月20日]
『F・R・パーマー編、大束百合子訳註『ファース言語論集2』(1975・研究社)』▽『大束百合子訳註『ファース言語論集1』(1978・研究社出版)』▽『石橋幸太郎他編『現代英語学辞典』(1975・成美堂出版)』