経済人類学はその名が示すように,経済学と人類学の両方に深く関係している。ことに経済学との関係においては,それが深いというにとどまらず,経済学を肯定的に吸収するか否定的に批判するか,あるいは,どのような経済学(新古典派かマルクス派か)に依拠するかにしたがって,経済人類学の問題関心,対象,方法にかなりの違いが生ずる。だが少なくとも,未開社会ないしは非市場社会の経済生活の実地調査(フィールド・ワーク)やそれについての記録文献を直接の契機にしている点では,どの経済人類学も共通している。もっぱらこの点で,経済人類学という分野を確定することができる。ところで,こうした経済人類学の素材となる地域は地球上全域にまたがって散在し,素材となりうる経済生活の分野も,贈与,所有関係,生産組織,分配・再分配,消費などさまざまで,これらと呪術・宗教,政治などとのかかわりも対象とされる。経済学はこれらに関して貴重な素材を人類学から受け継いでいる。より品質の高いものをより多く人々に振る舞い,与え,人前で破壊することによって名誉・声望を得ようと努めるアメリカ・インディアンのポトラッチ。クラ交易と名づけられた,儀礼的に円環状に島々をめぐる貝やウミギクでつくられた財宝。生産行為にさまざまにつきまとう呪術的・宗教的儀礼,禁忌の数々。西欧的な商品経済,貨幣,経済観念が土着の経済制度に変化を与えていくさまざまな態様などである。しかし,これら経済人類学の原点となるような素材も,どのような観点から,いかなる側面に重点をおいて,どう説明するかによって,さまざまな経済人類学が生まれる。以下,その形成の順に経済人類学の潮流を述べよう。
経済人類学の前史は20世紀初め,人類学の中で用意された。人類学者B.K.マリノフスキーは,西太平洋メラネシアのトロブリアンド諸島での原住民生活の多岐にわたる実地調査をもとに《西太平洋の遠洋航海者》(1922)を著し,文化が異なれば経済活動も異なった制度,習慣,法律のもとで異なった動機に基づいて営まれることを示し,異文化の経済生活を説明するのに経済学が想定する最少努力の原理を担う〈原始的経済人〉は〈想像上の役立たずの生きもの〉だと論じた。ほぼ時を同じくして社会人類学を主唱するM.モースが,未開社会における贈与に関する民族誌資料を広く渉猟し,《贈与論》(1925)を著した。贈与という行為が,与え,受け取り,返済するという一連の行為のつながりとして成り立っており,これらの連鎖は,経済はもちろん,道徳,宗教,法などほかの社会関係が絡みあった,まとまりのある一つの事象になっていることを明らかにした(贈物)。
1940年代に至り,経済学を強く意識したうえで,未開社会の経済生活の調査研究に独自の方法,意義を与えようと,アメリカの人類学者M.ハースコビツやイギリスの人類学者R.ファースによって経済人類学が構想された。彼らによれば,経済活動はそれ自体であるのではなく,社会的・文化的コンテクストのなかで営まれる。こうした多くの要因にとりまかれた経済活動を記述し理解するには,経済的側面だけをとりあげるのでは不十分であるが,そうだからといって,経済学が依拠する経済的な節約の原理がまったく有効でないというわけでもない。経済的側面は重要な要因として,他の要因とさまざまに折り合って経済生活を構成しているはずだから,経済学が明らかにした諸理論も十分利用されなければならない。また,社会的・文化的コンテクストのなかで,経済的要因が他とどのように折り合っているかは,時代,地域によって多様であり,実地調査によって明らかにされるべきである。したがって未開社会の経済生活については一般論を立てにくく,それぞれの現実に即してのみ記述できるとされる。
1950年前後に,経済学から経済人類学へのアプローチが始まった。そしてそこから経済人類学の新しい潮流が生まれた。その一つはK.ポランニーによるものである。ポランニーは《大転換》(1944)およびその後の著作活動において,経済学が非市場社会にはまったく適用できないと主張するにとどまらず,市場社会についてすら既存の経済学では一面的にしか説明できないとして,経済学そのものを批判し,経済に関するより深く広いパースペクティブを経済人類学に求めた。市場社会でこそ経済領域は分離独立しており,その点が市場社会の歴史的特殊性をかたちづくっているが,一般には経済は社会のなかに埋めこまれており,経済生活を説明しうる理論的枠組みとしては,市場経済,非市場経済双方とも扱いうるものでなければならない。経済とは,一般的に,物的な欲求充足のために,人間と人間,人間と自然の両方の間でくり返される制度化された過程であり,その制度の主たるパターンは,互酬,交換,再分配であって,これらの組合せからなる制度が社会的に規定された動機のもとで,経済生活として営まれる。ポランニーは,制度的パターンと動機を合わせた制度を経済の実在的(サブスタンティブ)側面と名づけ,各社会の経済生活をこうした側面から記述することを経済人類学の関心とした。こうして,この潮流はサブスタンティビストと呼ばれるようになった。なおポランニーによれば,節約原理は経済の形式的(フォーマル)側面であり,この側面が独立して経済生活が営まれることは,きわめて奇異で特異な現象にすぎない。
同じく経済学からのアプローチで,既存の経済理論を肯定し,これを非市場社会の経済活動にも適用できるとする,前述の考え方とはまっこうから対立した観点を,フォーマリストの経済人類学と呼ぶ(S. クックなど)。これは,経済の発展および経済学の流行にも似た隆盛の副産物として,1950年代末から60年代にかけてアメリカで主張されたものである。経済的な原理とは最小費用の最大効果をおいてはなく,人類の経済にはどの時代,どの地域,どの体制を問わずこれが貫いていると考え,非市場社会において一見異なった様相を呈している経済生活のなかに,この原理をみつけだしていくことが経済人類学の課題だとする。ある程度貨幣化された経済の場合には,人間は貨幣所得を最大にするよう行動しているということをさまざまに検証しようとする。またこれ以外の場合には,貨幣数量には現れない心理的要因などが最大化されているというように,最大化原理が広義に解されて適用されることもある。
1960年代には,フランスでレビ・ストロースの構造主義の影響のもと,K.マルクスの史的唯物論からする,あるいはその再構成のための独自の経済人類学が構想されるに至った。ゴドリエMaurice Godelier(1934- )に代表されるもので,史的唯物論のいう下部構造を単純に生産力と生産関係といった経済的概念のみでとらえるのでなく,人類学の成果によりつつ,ときに親族構造が,ときに宗教が経済を規定するなど,経済以外の他の社会構造が下部構造をつくることもあるとする。これとともに,経済にまつわる観念的事象,フェティシズム(物神崇拝)やイデオロギーも重要な考察対象とされるに至る。さらには下部構造の構造変化も対象とされ,柔軟で多元的な発展経路をもつ史的唯物論の確立を目標に,経済人類学が位置づけられる。
1970年代に入って第三世界の経済開発をめぐる問題が深刻さを増し,いわゆる南北問題が顕著となったために,非市場社会をも視界に入れる経済人類学には多くの期待が寄せられることになった。上記の経済人類学はおのおのの方法・観点に基づき,こうした問題にとりくむことになるが,それらとは別に,南北問題の解明を〈マルクスの再発見〉に求める経済人類学の新しい潮流も現れた。マルクスの史的唯物論のもつ単線的な発展段階論をもとに,未開社会を原始共同体,アジア的生産様式といった規定によって解明しようとし,南北問題の根本は北による南の経済的搾取に発しているとする。経済人類学としても,なお生産力,生産関係,階級,搾取といった概念に重点をおいている。
経済学そのものが,現在,市場メカニズム,効率性,節約原理といった狭い視点を超えて,経済と政治,経済と文化,経済と社会などへと視点を開こうとしている。経済学はこの開かれた視点を具体化する手だてときっかけとして,経済人類学の視点,すなわち非市場・非経済的要因を素材とする議論に注目するようになった。とともに経済人類学も単に原始・未開の具体的素材に膠着した観点にとどめることなく,経済とは何か,人間にとって経済はどのような意味をもつのか(当然,人間とは何かという論点ともかかわる)などのテーマに関与していくことが,大いに求められることになる。経済人類学の人間学化であり,経済学の人間学化である。
執筆者:吉沢 英成
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人類学が対象とするきわめて多様な非市場社会の経済を、単に、近代経済学の理論が不完全にしか適用できない周縁的な事例としてみるかわりに、おのおのの社会・文化的諸制度のなかに埋め込まれ、独自の統合を形成しているものとして分析する学問。人類学者による「未開社会」の経済の研究は古くからあったが、それが経済人類学という独自の分野を形づくるようになったのは、比較的最近のことである。この点で、非市場社会の経済には近代経済学の理論装置は無効である、と論じた経済史学者K・ポランニーの業績は重要な役割を演じた。
経済人類学は、ポランニーの流れをくみ、彼の「互酬」「再分配」「交換」という統合形態論を核に、非経済的制度の作用の副産物としてもたらされる経済統合の類型学を志向する、G・ドルトンらに代表される「実体主義者」、非市場社会においても経済的活動は広義の合目的的活動として分析できるとする、H・シュナイダーら「形式主義者」、生産関係の分析を核として経済システムの動態的把握を重視すべきだとする、M・ゴドリエやメイヤスーらの「マルクス主義」の3陣営に分かれて活発な論争を続けてきた。
[濱本 満]
『モーリス・ゴドリエ著、山内昶訳『人類学の地平と針路』(1976・紀伊國屋書店)』▽『カール・ポランニー著、玉野井芳郎・平野健一郎編・訳『経済の文明史』(1975・日本経済新聞社)』▽『カール・ポランニー著、玉野井芳郎・栗本慎一郎・中野忠訳『人間の経済Ⅰ・Ⅱ』(1980・岩波書店)』▽『栗本慎一郎著『経済人類学』(1979・東洋経済新報社)』
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…バルトの方法論の源泉となった,フランスで活躍するブルガリア生れの記号論学者クリステバJulia Kristeva(1941‐ )は,ロシア・フォルマリズムよりもM.M.バフチンの対話と交流の思想やフロイト主義の影響のもとにテキスト相互連関性などの概念を発展させ詩的言語理論を展開するが,彼女は父性原理としての法,言語を批判して母性原理としての無意識の解放を主張する。また文学以外では経済学の批判としての経済人類学が文化人類学の影響のもとに著しい展開を見せ,在来の生産中心主義の経済思想から一転して交換と消費の新しい思想を生み出した。フランスのボードリヤールJean Baudrillard(1929‐ )の記号としての消費の思想はその一つの頂点をなしている。…
※「経済人類学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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