マルカム(その他表記)John Malcolm

改訂新版 世界大百科事典 「マルカム」の意味・わかりやすい解説

マルカム
John Malcolm
生没年:1769-1833

イギリスの軍人,政治家。東インド会社に将校として配属され,ペルシア語を学ぶ。1800-01,08,10年の3度,カージャール朝と外交関係を開くためにイランに派遣される。所期の目的は,インド遠征の構想をもつナポレオンの計画を挫折させるためにイランと同盟・通商条約を結ぶことにあったが,いずれも失敗した。27-30年ボンベイ知事を最後に隠退。大著《ペルシアの歴史》2巻(1815)がある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルカム」の意味・わかりやすい解説

マルカム
Malcolm, Norman

[生]1911.6.11. カンザス,セルデン
[没]1990.8.4.
アメリカの哲学者,コーネル大学教授。ハーバード大学大学院修了後ケンブリッジ大学に学びウィトゲンシュタインに師事。アメリカの日常言語学派の指導者。主著『ウィトゲンシュタインの思い出』 Ludwig Wittgenstein: A Memoir (1958) ,『夢』 Dreaming (59) ,『知識と確実性』 Knowledge and Certainty (63) 。

マルカム
Malcolm, John

[生]1769
[没]1833
インドで活躍したイギリスの軍人,政治家。 1782年イギリス東インド会社に入り,83~1830年まで,47年間をインドで勤務した。第2,3次のマラータ戦争で軍事的・外交的手腕を発揮し,その後も中央インド統治に重要な役割を果した。 27~30年までボンベイ州知事をつとめた。

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百科事典マイペディア 「マルカム」の意味・わかりやすい解説

マルカム

英国の軍人,行政官。イギリス東インド会社の武官としてインドに派遣されたが,ペルシア語に通じていたため,ナポレオンのインド遠征を妨害する目的で2度ペルシア(イラン)に赴き外交交渉に当たったが失敗に終わった。インドにおいては1817年第3次マラーター戦争に従事して鎮圧に成功,1827年ボンベイ知事となった。ペルシアの歴史についての著作がある。

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367日誕生日大事典 「マルカム」の解説

マルカム

生年月日:1769年5月2日
イギリスのインド行政官
1833年没

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