オスマン帝国憲法。起草者ミトハト・パシャ(1822―84)の名を付して通称される。オスマン帝国の衰退がスルタンの専制政治にあると考えた知識人は、1860年代、立憲体制樹立を目ざし「新オスマン人協会」を成立させた。彼らは、スルタンのアブデュル・アジズを退位させ、アブデュル・ハミト2世を擁立、1876年12月憲法を公布させた。内容は、ムスリム(イスラム教徒)と非ムスリムの平等、宗教比例代表制議会、責任内閣制、言論出版の自由などが規定された近代的憲法であった。しかし、第113条にスルタンの非常大権が加えられ、この条項により、起草者で大宰相であったミトハト・パシャは追放され、また、議会との対立、ロシア・トルコ戦争の開始(1877)により効力は停止された。1908年青年トルコ党革命により、憲法は復活した。1921年トルコ大国民議会憲法成立までに若干の改正があったものの存続した。
[設楽國廣]
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