日本大百科全書(ニッポニカ) 「メスタ」の意味・わかりやすい解説
メスタ
めすた
Mesta
スペインの中世および近世の特権的牧羊業者組合。スペインの移動牧羊(いどうぼくよう)transhumanceは古代から行われていたが、レコンキスタ(国土回復戦争)の進展に伴って大規模化し、1273年、アルフォンソ10世がカスティーリャ牧羊組合会議の設立を許可したことによって、カスティーリャ全体にわたるメスタが成立した。羊群(ほぼ1000頭単位)は三大移動路を通って秋に南下し、アンダルシア地域で越冬したのち翌年北上し、旧カスティーリャ地域で剪毛(せんもう)された。羊毛はメディーナ・デル・カンポで取引され、カンタブリア海(ビスケー湾)諸港からフランスやフランドルに輸出された。メスタは、貴族、教会、騎士団などの大羊群所有者によって組織され、王室から羊群の移動路の保障、共有地の利用について特権を得た。他方、王室には多大の財政的援助を行ってスペイン絶対主義の経済的基礎を構成し、「王国の支柱」ともいわれた。最盛期は16世紀前半から中葉のカルロス1世の時期で、羊は300万頭を数えた。しかし、羊群は農民の耕作地を通過して農業生産を圧迫したうえ、カルロス1世のスペイン、ドイツにまたがる「ヨーロッパ帝国」が崩壊し、また価格革命によって羊毛市場が縮小すると、王室はフェリペ2世以後メスタに対する賦課金をしだいに増加させ、メスタ制限策に転じた。その後18世紀中葉から農業生産拡大の方向が打ち出されると、その諸特権はさらに制限され、1836年にメスタは解散した。
[深澤安博]