日本大百科全書(ニッポニカ) 「メソニエ」の意味・わかりやすい解説
メソニエ(Juste-Aurèle Meissonier)
めそにえ
Juste-Aurèle Meissonier
(1695―1750)
フランスの装飾工芸家、銅版画家、金工家、建築家。イタリアのサボイア家の宮廷彫刻・金工家であったフランス人を父に、トリノで生まれる。父の工房で修業を始め、1720年パリに移り、最初ゴブラン織の仕事に従事する。24年国王御用の金銀細工師、26年に国王の室内装飾家に任じられる。彼がもっとも意欲的に行ったのは建築の設計であるが、実現された計画は少なく、26年のパリのサン・シュルピス教会堂のファサード案は不採用に終わり、36年のワルシャワのビユリンスキ伯爵の鏡の間も現存しない。
彼は建築や室内装飾の図面に加えて、幻想的な洞窟(どうくつ)や噴水、滝、廃墟(はいきょ)、祝祭用のパビリオン、貝殻細工に至る自らの創案を34年から銅版画集で刊行した。このアルバムによって、均衡を尊重する古典主義の原則を排し、自由奔放に曲線が展開する彼の綺想(きそう)あふれる形態が世に知られる。彼の装飾モチーフは、ロココ様式のなかでももっとも目を見張らせる斬新(ざんしん)な意匠であり、パリをはじめヨーロッパ中に流布した。パリに没。
[上村清雄]
メソニエ(Jean-Louis-Ernest Meissonier)
めそにえ
Jean-Louis-Ernest Meissonier
(1815―1891)
フランスの画家。リヨン生まれ。レオン・コニエのアトリエに学ぶ。17世紀オランダの風俗画に強い影響を受けた作品によって名をあげ、1834年サロンにデビュー。55年のサロンでナポレオン3世によって作品が買い上げられ、名声を確立する。59年イタリア戦役に従軍したのち、戦争画に打ち込む。ナポレオンを回顧した作品で知られ、代表作に『1814年』(1861・ルーブル美術館)など。小さい画面を長時間かけて写真のように仕上げることで有名で、印象派が二束三文でも売れなかった時期に、もっとも高い値をつけていた画家。パリで没。
[宮崎克己]