改訂新版 世界大百科事典 「モラルリスク」の意味・わかりやすい解説
モラル・リスク
moral risk
保険の用語で,モラル・ハザードmoral hazardという語も使われるが,どちらも〈道徳的危険〉と訳される。保険契約者あるいは被保険者の性格またはこれらの者と接触する者の性格にかかわる危険をいう。保険は偶然な事故を前提とする経済制度であり,この偶然な事故発生の不確実性または可能性を〈リスク(危険)〉と呼ぶ。〈リスク〉は保険理論上は,いろいろな角度からこれを分類,分析しうるが,これを保険契約申込みの対象となるものに付随した物理的危険(実体的危険)と道徳的危険(モラル・リスク)に分けることができる。物理的危険とは,保険の目的(一般的に保険事故発生の客体をいう)にかかわる物理的性質または状態から生じる危険をいい,たとえば自動車保険におけるブレーキの不完全な自動車,氷結した道路,あるいは生命保険における高血圧,心雑音などの現症とか胃潰瘍といった既往症などである。一方,道徳的危険は,人間の精神的または心理的状況に由来するものであり,たとえば不当に保険金の支払を受ける目的で故意に事故を起こしたり,過大な保険金を請求したりする場合をいう。保険経営にとって,危険の測定・予知はきわめて重要であるが,道徳的危険はまた主観的危険とも呼ばれるように,人の心理的な作用に関係するものであり,物理的危険と異なりその測定,予知は困難である。
執筆者:高木 秀卓
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報