日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤガラ」の意味・わかりやすい解説
ヤガラ
やがら / 簳魚
矢幹
cornetfish
flute mouth
硬骨魚綱トゲウオ目ヤガラ科Fistulariidaeの海水魚の総称。古名はアワガラ(梳歯魚)。世界中の熱帯から温帯の海域に広く分布し、4種が知られている。体は矢の幹のように細長くて縦扁(じゅうへん)する。吻(ふん)は管状に突出し、その先に小さな口が開く。鱗(うろこ)はないが微細な骨質物があり、側線はよく発達する。背びれや臀(しり)びれは小さく、尾びれの近くに位置する。尾びれは二叉(にさ)し、中央の2本の軟条は長く糸状に伸長するのが特徴。最大で全長1.8メートルになる。
入り江やサンゴ礁など岸近くに生息する。遊泳力は強くて活発であるが、細長い群れをつくって浮遊し、流れた木や海藻に似せた姿をする。また、体色を流れ藻などにあわせてカムフラージュする種類もある。水を急速に吸い込んで、遊泳生物をはじめ小魚や小エビなどを捕食する。産卵期は5~7月。熟卵は浮性であるが油球はなく、比較的に大形で直径2ミリメートル前後もある。受精後4日で孵化(ふか)する。孵化直後の仔魚(しぎょ)は6、7ミリメートルである。
日本の沿岸には、アオヤガラFistularia commeysoniiとアカヤガラFistularia petimbaがいる。アオヤガラは体が滑らかであり、両眼間隔域は平坦であるが、アカヤガラは小さな棘(とげ)があって体表は粗雑で、両眼間隔域は深くくぼむ。肉は淡泊で椀種(わんだね)や煮魚などにするが、とくにアカヤガラは美味である。
[落合 明・尼岡邦夫]
民俗
三重県津市の阿漕(あこぎ)ヶ浦に、母の病気にヤガラが効くと聞いた平次という漁師が、禁漁区と知りつつ網を入れて捕まり、簀巻(すま)きにされて海に投げられたという伝説がある。これが謡曲「阿漕」や能楽、浄瑠璃(じょうるり)などになって広く世に知られたが、ヤガラの干魚は古くから腎臓(じんぞう)の薬と俗信され、『本朝食鑑(ほんちょうしょくかん)』(1697)には、ヤガラの口をストローのようにして食物を通したり、痰(たん)を吸い取ったとある。
[矢野憲一]
『矢野憲一著『魚の民俗』(1981・雄山閣出版)』