主として魚貝類などの生食料理。一般に刺身という文字を用いているが、指身の字も古い。『康富記(やすとみき)』文安(ぶんあん)5年(1448)8月15日の記事にもこの文字がみえる。タイならタイと判別できるように尾を刺(指)したからこの文字を用いたという。また、切り身を忌んで刺身と称したという説もある。江戸時代の『和爾雅(わじが)』『和訓栞(わくんのしおり)』には魚軒(さしみ)とあるし、『松屋筆記(まつのやひっき)』には「膾(なます)に刺身という名目おこり、製法も一種出来たるは足利(あしかが)将軍の代よりの事なるべし」とあり、東山時代には、それまでの膾(魚田の細切り)に対し肉を大きく切る刺身の整然とした形式ができたものとみてよかろう。『貞丈雑記(ていじょうざっき)』には「うちみというはさしみの事也(なり)」といっており、『四条流庖丁書(しじょうりゅうほうちょうがき)』では、使用文字が「サシ味」「差味」「ウチミ」などとあって一定していない。『貞丈雑記』には、刺身の調理法についてのくふうや、食べ方の型などが述べられ、刺身が料理のなかで重要な位置を占めていたことがわかる。
[多田鉄之助]
刺身は江戸後期から現代に至るまで、適切なつまと香辛料の使用によって、その真味が得られると考えられている。1643年(寛永20)刊の『料理物語』のなかで、とくに「指身」と見出しをつけて香辛料の選び方を明示している。参考のためその例をあげると、「スズキ……あおず、しょうがずにてよし」、「マナガツオ……いり酒、しょうがずにてもよし」、「クジラ……うすくつくり候て、にえ湯をかけ、さんしょうみそずにてもよし」、「フカ……皮を引き、つくりてにえ湯をかけよくしめ、しょうがずにてよし、さっとゆがきてもよし」、「コチ……皮をはぎ、うすくつくり候、しょうがず、いり酒、たてずにて」、「サワラ……いり酒、しょうがず」。このほか、キジ、カモなどを刺身にするには湯煮して用いることなどが明示してある。刺身には「あしらい」があり、それを分類すると、けん、つま、薬味の三つに分けられる。ダイコン、キュウリ、ウド、海藻などは「けん」、葉ジソ、タデの葉、ボウフウなどが「つま」、薬味はワサビ、ショウガなどである。
[多田鉄之助]
江戸後期から明治、大正となるにつれて、刺身の盛付けには天地人三才盛り、山と河など数々の盛り方の名称ができているが、これらは何人分かの盛り込みである。銘々盛りとしては、「つくり身」の名でボタン、バラ、ツバキなど数えきれないほどの種類がある。「洗い」はヒラメ、カレイ、タイなど新鮮な白身魚を薄くつくり、冷水で洗って盛り付ける。「平づくり」は平たく切ったつくりである。「細づくり」は細く切ったもので、「糸づくり」はさらに細くつくる。「湯びき」はさっと熱湯をかけてつくる。「松皮づくり」はタイを皮つきのまま身取りし、ぬれぶきんをかぶせて熱湯をかけ、皮に霜降りしてから水で冷やしてつくる。「湯ぶり」はすこし大きく切った材料を沸騰した湯に一切れずつ箸(はし)で挟んで浸し、すぐ冷水にとって冷やしたもの。「賽(さい)の目」と「あられ」は大きさの相違で、賽の目は2センチメートル角、あられは1センチメートル角程度につくる。「薄づくり」はフグ、コチ、ヒラメなどを用いる。なお、刺身をつくる場合には、切るといわずに「引く」といっている。
植物性材料にも刺身のことばは使われている。ナスの刺身、こんにゃくの刺身などがそれである。江戸初期の『醒酔笑(せいすいしょう)』に「振舞の菜は茗荷(みょうが)のさしみ……」とある。
[多田鉄之助]
生の魚貝類などを薄く,あるいは小さく切り,しょうゆ,煎酒(いりざけ)などをつけて食べる料理。作り身,お作りなどともいい,日本料理を代表する品目である。古く〈指身〉〈指味〉〈差味〉〈刺躬〉などと書き,〈打身(うちみ)〉とも呼んだ。京都吉田神社の神官であった鈴鹿家の記録である《鈴鹿家記》応永6年(1399)6月10日条に見える〈指身 鯉,イリ酒,ワサビ〉の記事などが文献に見える最も古い例である。語源については,調理した魚にそのひれを刺しておくことからの名称とか,切るという言葉を忌んで刺すと言い換えたとかいうが定説はない。多少の例外はあるが,なますが酢などをかけて供するのに対して,酢,しょうゆなどの調味料を別の器に入れて供するものをこの名で呼んだようである。現在ふつうに行われている刺身は魚貝類を主として,ほかに鶏肉,馬肉,牛肉などの鳥獣肉,それに,こんにゃくなどを材料に用いているが,江戸初期の《料理物語》には,キジ,ガン,カモなどの鳥類やスッポン,あるいはたけのこやショウロを刺身にすることが見える。また,すでに出回っていたはずのしょうゆを使用することは見えず,煎酒,ショウガ酢,からし酢,ワサビ酢,酢みそなどが用いられている。ふつう三枚におろして皮を引くが,タイ,スズキ,カツオなど皮が美しく味もよい魚では,皮をつけたままの皮作りにすることも多い。その場合は,皮の生臭さを除いてやわらかくするために,皮に熱湯をかけ,あるいは火にあぶって霜降りにする。前者を湯びき,皮霜作り,後者を焼霜作りと呼ぶ。洗いは,コイやスズキをそぎ作りにして,冷水で洗って身を収縮させるもので,水作りと呼ばれていた。また,原則的に身のしまったものは薄く切り,やわらかいものは厚く切るが,カレイなどを盛った皿の文様が透けて見えるほどの薄切りにした場合,フグになぞらえてフグ作りと呼んでいる。糸作りは細長く切るもので,アマダイ,サヨリ,キス,イカなどに用いることが多い。盛付けにはふつう〈つま〉と辛みを添える。つまは〈けん〉ともいい,口直しの役目とともに,景容を整えるために使われる。季節によって変わるが,しらがダイコン,そぎミョウガ,穂ジソ,紅タデ,花丸キュウリ,生ノリ,トサカノリ,ウゴなどが多用される。辛みはおろしワサビを筆頭に,ショウガ,からし,ニンニクなどが用いられる。なお,幕末期のことであろうが,江戸には刺身屋と呼ぶ零細な魚屋がほうぼうにあった。もっぱらカツオ,マグロの刺身だけを売ったもので,かたわら干魚の類をすこし置き,相場のやすいときだけ他の鮮魚も扱うと《守貞漫稿》は記している。
執筆者:松本 仲子+鈴木 晋一
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…山吹なますはカレイの肉にその卵をいってまぶしたもの,卯の花なますはぬた(酒かすにからしを加えたもの)であえたもの,雪なますは魚の上におろしダイコンを盛ったもの,笹吹なますはダイコンの笹がきを加えたもので,いずれもふつうは酢をかけて供した。刺身がなますから分化するのは室町中期ごろのことで,細切りのものを合せ酢であえた物をなます,なますよりも大きく切り,タデ酢,ショウガ酢,煎酒(いりざけ)などの調味料を別器で添えるのを刺身と呼ぶようになった。現在では酢の物の呼称が一般的で,なますの名はわずかにダイコンとニンジンのせん切りを材料とする紅白なます,それに干柿を加えた柿なますなどに残るだけとなった。…
…それぞれの言語で料理にあたる概念の示す意味領域は異なっている。例えば英語のcookは火熱を使用して食料を加工することに重点が置かれていることばであり,日本ではりっぱな料理とみなされる刺身はcookの範疇(はんちゆう)に入らず,〈生(なま)raw〉とされる。 動物は自然環境に産出する食料をそのまま口にするが,人類は食料に手を加えて自然には存在しないような状態に変形,変質させて食べることが多い。…
※「刺身」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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