翻訳|Yaqui
おもにメキシコ北西部ソノラ州の自治的町村に分住するウト・アステカ語系の原住民。人口約7000,その90%がスペイン語も併用する(1970)。トウモロコシ,豆,カボチャの栽培を主生業とするが,牛,羊の飼育にも携わり,狩猟,採集もその重要性を失っていない。ヤキはメキシコ原住民中でも特に抵抗精神に富み,1617年イエズス会士が入植するまで,スペイン人征服者に屈しなかった。その後,同会の影響で自治的性格が強まり,スペイン植民地政府やメキシコ政府に対したびたび反乱を企てた。特に1870~80年代の反政府運動は根強く,鎮圧後メキシコ政府は人々をソノラ州の各地のほか,遠くメキシコ南部のオアハカ州,チアパス州,ユカタン地方,さらにアメリカ合衆国のアリゾナ州などにも集団的に追放・分散させねばならなかった。その結果これらの地方にも,ヤキ語を用いる人々が今日まで住んでいる。ヤキは,豊猟や健康を祈る〈鹿の踊り〉でも名高い。
執筆者:落合 一泰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
メキシコ北西部、ソノラ州ヤキ川右岸の八集落と、アメリカ合衆国、アリゾナ州南部の七集落に居住する民族集団。言語はナワ・クイトラテコ語群ピマ・コラ語族に属する。人口はメキシコ側に約7000人(1970)、アメリカ側に約3000人。
1523年にスペイン人と接触したのち、1610年に平和条約が結ばれ、イエズス会の伝道組織が建設された。植民地時代は比較的安定し、小麦栽培、牧畜の導入と定住化によって独自の文化が形成された。メキシコ独立後は統合を求める政府との間に争いが絶えず、なかでも19世紀後半から20世紀初頭にかけての一連の反乱では、捕虜のユカタン地方への流刑が行われ、このときアメリカ合衆国へ避難した者が続出した。現在は1939年に承認された約5000平方キロメートル弱の土地で農業が営まれているが、灌漑(かんがい)の不備、塩害などにより生産活動の問題は多い。独自の政治・宗教組織が発達しており、民族の独立意識は強い。なお、アメリカ人の作家、カルロス・カスタネダはヤキの呪術(じゅじゅつ)師への入門体験を発表し、「人類学的理解」をめぐって多くの話題を提供した。
[石井 紀]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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