ギリシア神話でトロヤのアポロン(またはポセイドン)の神官。神の戒めを無視して妻帯したため、あるいは神像の前で妻と交わったため、アポロンの怒りを買う。トロヤ戦争の10年目、ギリシア軍は勇士たちを内部に潜ませた巨大な木馬を残し、トロヤから撤退すると見せかけた。そのときトロヤ人のある者は、城壁を壊してでもこれを城内に運び入れてアテネ神に奉献するべきであると主張し、ある者は木馬の内部には奸計(かんけい)が隠されているので、焼き捨てるか断崖から海に投じるべきだと主張した。ラオコーンは後者の説で、彼は木馬の腹に槍(やり)を突き刺したため、これを怒ったアテネ、あるいはかつての涜神(とくしん)行為を罰しようとしたアポロンにより、2匹の海蛇が送り込まれて、息子たちが、ついでラオコーン自身が絞め殺された。これを見てラオコーンの説が偽りだと信じたトロヤ人は、木馬を城内に引き入れたため滅ぼされた。
バチカン美術館にある有名な『ラオコーン群像』の彫刻は、紀元前1世紀のロドスの彫刻家、アゲサンドロス、ポリドロス、アテノドロスの合作である。またレッシングの評論『ラオコーン』(1766)は、この群像から出発して造形芸術と言語芸術の特性と限界を論じ尽くしたものである。
[中務哲郎]
ドイツの批評家・劇作家レッシングの美学論文。1766年刊。「第一部」とあるが、第二部以下は書かれることなく終わった。副題が「絵画と詩の境界について」となっていることからもわかるように、バチカン美術館所蔵の『ラオコーン群像』の解釈を手掛りとして、空間的・並列的芸術である造形美術と時間的・継起的芸術である文学の、題材の選択ならびに扱い方における差を論じたもの。著者の思い違いや時代の制約からくる誤りはみられるが、それまであいまいだった両芸術の差を明確にした功績は大きい。読者をもともに考えさせずにはおかない明晰(めいせき)な文体は、今日なお清新な魅力を保っている。
[濱川祥枝]
『斎藤栄治訳『ラオコオン』(岩波文庫)』
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