翻訳|La Plata
アルゼンチンの中央東部,ブエノス・アイレス州の州都。人口57万4369(2001)。ラ・プラタ河口から5kmの地点に位置する。1880年ブエノス・アイレス市が州都から連邦首都になった後,82年新たな州都に選定された。アメリカ合衆国のワシントンD.C.に範を得た都市計画にそって水道,衛生設備,公園,道幅の広い道路が建設され,また全国に先駆けて公共電灯システムが導入された。同市の人口は7672人(1882)から9万人(1914)へと急増した。1897年国立ラ・プラタ大学が創設され,また南アメリカ最大の自然科学博物館もある。後背地は農牧畜産物の集散地で,鉄道,道路,港湾設備が整備されている。1950年代にはブエノス・アイレス港に次ぐ全国2位の港となった。冷凍業に加え電気機器,化学工業が盛んで,精油所もある。第2次ペロン政権下の52年にエバ・ペロン市と改称されたが,同政権失脚により55年もとの名称に戻った。
執筆者:今井 圭子
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アルゼンチン中東部、ブエノス・アイレス州の州都。ブエノス・アイレスの南東53キロメートル、ラ・プラタ川の河口南岸に位置する港湾都市である。都市圏人口55万8409(2001)。独立以来の連邦主義派と中央集権主義派の政争に終止符を打つため、1880年ブエノス・アイレス州の州都と首都を別々に定めることになり、両者を兼ねていたブエノス・アイレスは、各州から独立した連邦首都となった。新たな州都は1882年ラ・プラタに決定した。アメリカのワシントンをモデルに近代的都市建設が進められ、国内で初めて公共街灯が設置された。同州の経済力を背景に工業、商業、金融の中心地として繁栄し、ラ・プラタ国立大学や南アメリカ有数の自然科学博物館もあり、文化、教育の中心地でもある。1952年から55年まで、ペロン第二夫人を記念してエバ・ペロンと市名を改称したが、ペロン政権失脚により原名に復帰した。
[今井圭子]
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…人口14万4994(1993),標高2600m。ラ・プラタ,チュキサカ,チャルカスの名で呼ばれたが,1839年から初代大統領にちなんで現在名となった。ボリビア共和国の憲法上の首都で,最高裁判所があるが,他の政治・行政機関は1900年以降ラ・パスに移された。…
※「ラプラタ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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