日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロマンス諸言語」の意味・わかりやすい解説
ロマンス諸言語
ろまんすしょげんご
ロマン諸(言)語ともいう。かつて古代ローマ帝国内で用いられていたラテン語が地方的に分化・発達した諸言語・方言の総称で、ゲルマン諸言語、スラブ諸言語とともにインド・ヨーロッパ(印欧)語族の主要な一分派をなす。
言語史的にみると、印欧諸語のなかでイタリック語派に属するロマンス諸言語は、古代ローマ近郊のラティウム地方の一方言ラテン語に起源をもつ。ローマ帝国の公用語となったラテン語は、近隣の同系の方言や各地のケルト系言語または非印欧諸語を徐々に吸収あるいは駆逐しつつ、帝国の拡大とともに、西はガリアからイベリア半島へ、東はバルカン半島を経て古代ダキアへと伝播(でんぱ)・定着した。ラテン語は早くから社会・文化的要因によって多様に分化していた。つまり、規範的な書きことばとしての古典的なラテン語と、日常的な話しことばに近いラテン語との区別、さらに都会風の話し方と、地方特有の田舎(いなか)風の語法との違いが意識されていたが、ロマンス諸言語の起源は、それぞれ後者の、各地方ごとに基層・傍層言語の影響を受けた一般民衆の日用語「俗ラテン語」に求められる。ゲルマン民族の侵入により地域的分化は著しくなったが、封建時代に入ると諸国家と教区の成立に伴って地方語は統合され、近代のロマンス諸言語の母体が形成された。初期の文献には、8世紀前後の語彙(ごい)集など断片があるが、史料価値の高いものでは842年の「ストラスブールの宣誓」をまたねばならない。これらの言語を対象とするロマンス言語学は、ラテン語から近代語までの豊富な資料により、対照的・通時的研究の比較的進んだ分野である。
ロマンス諸言語を大別すると、次の五グループに分類できる。(1)イタロ・ロマンス系言語 イタリア半島の諸方言はラ・スペツィアからリミニに至る境界線で二分されるが、近代国家の標準イタリア語(言語人口5000万人)となったのは、ルネサンス期に栄えたフィレンツェを中心とするトスカナ地方の方言である。北はケルト人の侵入により紀元前からガリア的特徴の強い方言となり、南はサルデーニャ島・コルシカ島を含む地中海沿岸や、イベリア半島、ルーマニアにも共通する古風な特徴を保存する。(2)ガロ・ロマンス系言語 現在のフランスは、紀元前にはケルト人の支配する古代ガリアであったが、カエサルによる征服のあとにはしだいに言語もラテン語化した。ゲルマン民族の定住により北フランスはゲルマン語上層の強い影響を受けて、南北の二分化が著しくなった。南フランスにはプロバンス地方を中心に華やかな中世文学を生んだオック語がいまも生き続けている。公用語としてのフランス語(国内で5000万人)は、国外でもベルギー、スイス、カナダ、アフリカの一部、さらには英語に次ぐ国際語として広く用いられている。(3)レト・ロマン系言語 スイス南東部グラウビュンデン州からイタリアのアルプス高原地帯、北東のフリウリ平野にかけて話される諸方言で、スイス国内ではドイツ語、フランス語、イタリア語に次いで国(民)語とされている。ガリアとイタリアの中間的特徴にアルプス地方独自の要素を古くから保持した言語群である。言語人口55万人。(4)バルカノ・ロマンス系言語 南東ヨーロッパにはローマ人植民地が紀元前から広がっていたが、のちにスラブ人の南下により地理的に分断され、その言語の影響下に置かれた。ルーマニア語(1900万人)はバルカン半島の諸言語やレト・ロマン語とも共通の古い特徴を保存している。アドリア海東岸には、1898年に死語となったダルマチア語があった。(5)イベロ・ロマンス系言語 イベリア半島のバスク語基層のほか、アラブ人支配の強い影響を受けたスペイン語(2700万人、国外で1億3500万人)、ポルトガル語(950万人、国外で1億2000万人)のほか、復興運動の盛んなカタロニア語、ガリシア語がある。
[富盛伸夫]