アイルランド自治問題(読み)あいるらんどじちもんだい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アイルランドの自治(ホーム・ルールHome Rule)を獲得する運動。当初の自治議会開設の運動が発展し、広くアイルランドの自治問題の解決を目ざすものとなった。
 1801年1月、アイルランド議会が併合法(成立は前年の8月)によって廃止になった。13世紀に開設されたアイルランド議会は、イギリスによるアイルランド統治の手段であり、とくに名誉革命後イギリス支配の強化によってアイルランド議会は本国議会の支配下に置かれた。18世紀の改革運動の中心であった都市の中産階級〔主として長老派教会信者(プレスビテリアン)〕が、自由貿易とともに議会改革(自治議会)を要求したのは、アイルランドにおける市民階級の成長の現れであった。そしてアメリカ独立やフランス革命を背景に、自由貿易や自治議会を獲得したが、1798年の武装蜂起(ほうき)に失敗して、逆に併合される結果となった。
 19世紀にはいると、この自治議会の復活がアイルランド人の具体的な政治目標となった。オコネルがカトリック教徒解放法を実現したのち、併合法撤廃の運動に入ったのも、それがアイルランド人の共通の願望だったからである。
 ホーム・ルールということばで自治の要求を大衆的にしたのはパーネルだった。彼は先輩のバットIssac Butt(1813―1879)からこの運動を継承したが、パーネルの激しい民族主義は急進派のフィニアンFeniansまで取り込んで大きな運動となり、イギリスのグラッドストーン首相にアイルランドの自治を決意させるまでになった。
 グラッドストーンが提案した第一次(1886)および第二次(1893)自治法案はいずれも、アイルランドを連合王国内にとどめたまま、地方議会としてのアイルランド議会を認めようというもので、その議会の権限は純粋にアイルランド内の問題に限られていた。ナショナリストは自治主義の穏健派も独立を主張する急進派もこれを受け入れたが、併合法の継続を望むアルスター(北アイルランド)のユニオニストが強く反対した。強暴なカトリック迫害を伴った彼らの反対は、アイルランド内部における自治問題のむずかしさを表していた。第一次自治法案はイギリス自由党の分裂で、第二次は上院の反対で否決されたが、アスキス首相が1912年に提案した第三次自治法案は、前年の議会法の改正で、遅くとも1914年には成立することが必至となった。アルスターのユニオニストが義勇軍を組織して、武力ででも自治を粉砕することを決めると、ナショナリストも義勇軍を組織して自治、独立の実現を目ざした。1914年9月にこの自治法が成立したが、第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)を理由に実施は延期された。しかしナショナリストとユニオニストとの妥協工作は失敗しており、ナショナリストはますます独立の意志を固め、ユニオニストは北アイルランドの一部でも確保して連合王国に残ろうとした。
 1920年のアイルランド統治法によって北アイルランドが成立し、1921年のイギリス・アイルランド条約によってアイルランド自由国が成立(1922)したが、このように南北に分割した形の自治問題の解決は、長いイギリスの統治の遺産であると同時に、アイルランド民族の分裂の結果でもあり、現在の紛争の原因となっている。
 なお日本では明治、大正の自由民権運動から普選運動の時期に、まずこの問題が注目され、ついで昭和に入って、台湾・朝鮮支配から中国大陸への侵略が進むと、朝鮮総督府や拓務省などが植民地支配の観点から、また矢内原忠雄などが植民地主義反対の立場からそれぞれ詳細な分析を試みた。さらに第二次世界大戦後にはこの問題は民族問題の古典的な型として新しく関心をよんだ。[堀越 智]
『堀越智著『アイルランド民族運動の歴史』(1979・三省堂) ▽T・W・ムーディ、F・X・マーチン編著、堀越智監訳『アイルランドの風土と歴史』(1982・論創社) ▽P・B・エリス著、堀越智・岩見寿子共訳『アイルランド史―民族と階級・上下』(1991・論創社) ▽上野格著「アイルランド」(松浦高嶺著『イギリス現代史』所収1992・山川出版社) ▽松尾太郎著『アイルランド民族のロマンと反逆』(1994・論創社) ▽S・マコール著、小野修編、大渕敦子・山奥景子訳『アイルランド史入門』(1996・明石書店) ▽波多野裕造著『物語アイルランドの歴史』(中公新書) ▽R・フレッシュ著、山口俊章・山口俊洋共訳『アイルランド』(白水社文庫クセジュ) ▽オフェイロン著、橋本槙矩訳『アイルランド―歴史と風土』(岩波文庫)』

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