コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アクショーノフ アクショーノフ Aksënov, Vasilii Pavlovich

6件 の用語解説(アクショーノフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アクショーノフ
アクショーノフ
Aksënov, Vasilii Pavlovich

[生]1932.8.20. ソビエト連邦カザン
[没]2009.7.6. ロシアモスクワ
ソビエト連邦生まれの作家。スターリン批判後の新しい世代を代表する作家の一人。1956年レニングラード医科大学を卒業。各地で医者として働いたのち,短編『われらのベーラ・イワーノブナ』Nasha Vera Ivanovna(1959)を『青春』Yunost'誌に発表,次いで長編『同期生』Kollegi(1960)で文壇的地位を確立した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

アクショーノフ(Vasiliy Pavlovich Aksyonov)

[1932~2009]ロシアの小説家。ソ連時代に長編「星の切符」などで反逆的な若者を大胆に描き、1960年代の青春文学の旗手となった。1980年には米国に移住。他に「月への道半ば」「モスクワ物語」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

アクショーノフ

ロシア(ソ連)の作家。ロシアのカザン生れ。レニングラード医科大学卒。スターリン批判後の新世代を代表する作家。小説《同期生》(1960年)で注目され,ソ連の若者たちの姿を生き生きと描いた長編《星の切符》(1961年)で国際的にも知られた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

アクショーノフ【Vasilii Pavlovich Aksyonov】

1932‐
ロシアの小説家。カザンの医者の家に生まれ,レニングラード医科大学を卒業。医者として働く一方,小説を発表し,中編《同期生》(1960)で認められて以来,創作に専念,長編《星の切符》(1961)で文名を確立するが,スターリン批判後の新しい世代のモラル生き方を描いたこの小説は一部の批評家から非難され,1962年末には形式主義批判の対象にされた。その後,短編《月への道半ば》《パパ,なんて読むの》(ともに1962)など一連の青春小説で若い世代を代表する作家となるが,《友よ,さあ潮時だ》(1964)以後,検閲廃止を要求するソルジェニーツィンの公開状を支持し,68年のソ連軍のチェコスロバキア侵入に抗議したことも関係して作品が活字にならなくなる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

アクショーノフ【Vasilii Pavlovich Aksyonov】

1932~ ) ソ連の小説家。1960年代に青春文学の旗手として華々しく活躍を始めたが、ソビエト体制下の文学の官許の枠内にとどまらなくなり、80年アメリカに亡命。代表作「星の切符」「火傷」「モスクワ物語」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アクショーノフ
あくしょーのふ
Василий Павлович Аксёнов Vasiliy Pavlovich Aksyonov
(1932―2009)

ロシア(ソ連)の作家。カザンに生まれる。レニングラード医科大学を卒業。スターリン時代に両親が逮捕され、厳しい幼年時代を送る。母親は作家のエウゲニヤ・ギンズブルグЕвгения Гинзбург/Evgeniya Ginzburg(1906―1977)で、彼女の流刑地のシベリア極東部マガダンでも数年を過ごした。1960年に長編『同期生』を発表して一躍有名になり、以後、長編『星の切符』(1961)や短編『月への道半ば』(1962)などを次々と発表し、1960年代の新しいソ連文学の旗手となった。初期の作品で彼は、西欧の文化にあこがれる新しい戦後世代を大胆に描いたため、保守的な批評家からは攻撃されたが、若者たちから熱烈な支持を受けた。
 しかし、1964年の長編『友よ、さあ潮時だ』を最後に青春文学と決別し、グロテスクで幻想的な手法を取り入れながら戯曲『いつでも売ります』(1965)や、中編『滞貨した樽(たる)』(1968)などを書く。こういった作風はソ連の公認の社会主義リアリズムから逸脱するものとみなされ、作家活動はしだいに困難になっていった。1979年、作家たちの文集『メトロポリ』の自主出版の際に中心的な役割を果たし、それが反体制的活動として厳しく批判された。そして翌1980年には亡命せざるをえない状況に追い込まれ、以後アメリカ合衆国に定住、ワシントンDCの大学で教えながら、創作活動を続けた。
 亡命以後アメリカで出版されたおもな作品としては、5人の登場人物の交錯する語りを通じてソ連の現代精神史を描き出した長編『火傷(やけど)』(1980)、反ユートピア的風刺小説『クリミア島』(1981)、文集『メトロポリ』が弾圧された事件をモデルにした長編『はい、笑って』(1985)、自伝的アメリカ体験記『悲しきベビーを求めて』(1987)などがある。これらの作品を通じてアクショーノフはつねに現実に題材をとりながらも、さまざまな前衛的な手法上の実験を試み、現代ロシア小説の新しい可能性を切り拓(ひら)いてきた。
 ペレストロイカ(建て直し)後はロシアでも全面的に再評価され、過去の著作も新作もロシアで次々と出版されるようになった。そして、亡命直後に剥奪(はくだつ)されたロシア(旧ソ連)市民権も1990年には回復し、その後、アメリカに暮らし続けながらも、モスクワとワシントンDCの間を自由に行き来する生活を続けた。1980年代末以降の作品としては、最初に英語で書き、その後、自らロシア語訳した『卵の黄身』(1989)、スターリン時代を生きたモスクワのインテリ一家を描く大河小説『モスクワ年代記』(1994)や作家の思索の集成『新しい甘い生活』(1998)などがある。[沼野充義]
『安井侑子他訳『新しいソビエトの文学5 アクショーノフ/グラジーリン』(1974・勁草書房) ▽工藤精一郎訳『星の切符』(中公文庫) ▽島田雅彦著『語らず、歌え』(1987・福武書店) ▽エヴゲーニヤ・ギンズブルグ著、中田甫訳『明るい夜暗い昼――女性たちのソ連強制収容所』(1990・集英社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

アクショーノフの関連キーワードギッピウスベレサーエフ風疿カザンハン国記憶よ、語れカザン聖堂ゴーゴリ伝金玉医者ロシアの恋人岡它山

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

アクショーノフの関連情報