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アジキウェ アジキウェ Azikiwe, Nnamdi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アジキウェ
アジキウェ
Azikiwe, Nnamdi

[生]1904.11.16. 北部ナイジェリア保護領,ズンゲル
[没]1996.5.11. ナイジェリア,エヌグ
ナイジェリアの政治家。独立後の初代大統領(在任 1963~66)。高校まではオニチャ,カラバル,ラゴスの学校で学び,1925~34年にアメリカ合衆国に留学。1934年にゴールドコーストに渡り新聞を創刊,この時期に,のちにガーナ初代大統領となるクワメ・エンクルマの師となった。

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百科事典マイペディアの解説

アジキウェ

ナイジェリアの政治家。若くして渡米。苦学しながらリンカン大学を卒業し,同校講師を務める。帰国後ナイジェリア・カメルーン国民会議を結成し,民族主義運動を主導,1960年独立と同時に総督となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

アジキウェ【Nnamdi Azikiwe】

1904‐96
ナイジェリアの初代大統領。イボ族の出身で,ラゴスの高校を卒業後,アメリカの大学に学び,講師を務めた。1937年に帰国して《ウェスト・アフリカン・パイロット》紙を創刊し,民族運動を推進した。44年にナイジェリア・カメルーン国民会議を組織し,46年には議長に選ばれた。60年の独立とともに総督となり,63年の共和制への移行に際して大統領に就任したが,66年の軍部クーデタで辞任した。ビアフラ戦争の初期にはイボ族側に立って外交活動を展開したが,途中で連邦政府支持に転じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アジキウェ
あじきうぇ
Nnamdi Azikiwe
(1904―1996)

ナイジェリアの独立運動指導者、初代大統領。北部州のズンゲルに生まれる。イボ系。オニッチャ、ラゴス、カラバールミッション・スクールに学び、ハウサ語、イボ語、ヨルバ語に熟達する。1921年から1924年まで、ラゴスの財務省に書記として勤務。1925年、留学のためにアメリカに渡航し、1931年リンカーン大学で政治学学士を得たのち、同大学で政治学を教えた。1934年、ガーナのアクラ(現首都)の日刊紙『アフリカン・モーニングポスト』の編集を経て、1937年帰国後、ラゴスで『ウェスト・アフリカン・パイロット』紙を創刊、過激なナショナリスト紙に育成し、ナイジェリア各地で刊行した。
 1937年にナイジェリア青年運動(NYM)に参加し、1944年には、アジキウェの発意によるナイジェリア・カメルーン国民会議(NCNC、のちのナイジェリア市民会議)が結成され、ナイジェリアの異質的な大衆を一つの堅いブロックに組織した。1946年にNCNC議長となり、ナイジェリア立法評議会議員、東部州首相(1954~1959)を務め、独立運動を推進した。1960年10月ナイジェリア独立にあたり総督に就任し、1963年10月共和制移行の際に大統領となった。1966年1月のクーデターによって失脚し、1967年のビアフラ戦争(ナイジェリア戦争)では、一時期ビアフラ側を支持したが、1969年8月にはビアフラに反対し、統一ナイジェリアの支持に転換。
 1978年民政復帰とともにナイジェリア人民党(NPP)を組織し、翌1979年の大統領選挙にも出馬したが、ナイジェリア国民党(NPN)のシャガリ、ナイジェリア統一党(UPN)のアウォロウォに敗れ、第3位にとどまる。1986年に政界を引退し、1996年5月11日に東部ナイジェリアで死亡。イボ人と東部州を基盤としながら、ナイジェリアの独立運動を進めたナショナリストのリーダー的存在であった。[中村弘光]

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世界大百科事典内のアジキウェの言及

【ナイジェリア】より

…カカオ,ラッカセイ,パーム油,ゴムなどの熱帯農産品の輸出に依存していたナイジェリアは20年代末の世界不況の打撃を受けた。30年代には青年層を中心にしたナイジェリア青年運動が結成され,アメリカ留学から帰国したアジキウェは《ウェスト・アフリカン・パイロット》紙を基盤にして民族主義,反植民地主義を主唱した。 第2次世界大戦は,ナイジェリアの人々の経済生活ならびに政治意識に対して第1次世界大戦よりもさらに大きな影響を与え,44年にはナイジェリア・カメルーン国民会議(NCNC)がマコーレー,アジキウェを中心に組織され,民族主義的要求を明示した。…

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