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アチェ戦争 アチェせんそうAchinese War

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アチェ戦争
アチェせんそう
Achinese War

1873~1904年頃にかけてスマトラ北西端のアチェ王国に起った一連の戦争。王国内の世俗的支配層とイスラム系指導者との間の内紛に,オランダ植民地政庁が介入し,前者と結んで後者と戦った。

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世界大百科事典 第2版の解説

アチェせんそう【アチェ戦争】

インドネシア,スマトラ島北端のアチェ族によるオランダの侵略に対する抵抗戦争(1873‐1912)。19世紀後半のオランダのスマトラ東海岸進出以降,その脅威にさらされたアチェ王国は,トルコアメリカイタリアと秘密に外交的接触をもった。これら列強の介入を恐れたオランダは,1873年3月にアチェ王国に宣戦布告,侵略を開始した。アチェ王国の領主(ウレーバラン)層はスルタンを奉じて勇戦,4月にはこれを撃退した。

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世界大百科事典内のアチェ戦争の言及

【オランダ領東インド】より

… オランダの支配に対する原住民の抵抗は各地で頻発し,強制栽培制度実施以前にも1825‐30年,ジョクジャカルタ王族の一人ディポネゴロの指導する反乱が起こり,また西スマトラでは同じころイマーム・ボンジョールの率いるミナンカバウ・イスラム教徒の反乱(パドリ戦争)があり,37年にようやく鎮圧された。さらに73年から1912年にかけて,スマトラ北端のアチェ王国に起こったアチェ戦争はオランダ軍多数の投入を必要とし,東インド最大の戦争と言われた。この戦争を境にオランダはジャワ以外のいわゆる外領への実質的支配の浸透に心がけるようになり,農業のみならず鉱産物の開発等にも力を注いだ。…

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