古代ギリシア,ミレトス学派の哲学者。タレスの弟子。天文学の研究でも有名で,天球儀を作ったと言われている。彼の哲学について古人は次のように伝えている。〈アナクシマンドロスは存在するもののもとのもの(アルケーarchē),つまり要素を“ト・アペイロンto apeiron”と呼んだ。そしてそのもとのものは水でもなければ,普通に要素と呼ばれているいかなるものでもなくて,ある無規定的なる,無限なるものであり,そのものから全天界と天界の内における世界が生じると言っている。ものが生成して存在を獲得するに至ったその基をなすものへと,そのものはまた必然の定めに従って消滅し去る。ものは犯した不正のゆえに時の秩序に則って相互に罰しあうのである〉(シンプリキオス《自然学》)。ト・アペイロンを基礎においたこの宇宙論的哲学の背後にはヘシオドスの神話的宇宙論があると考えられる。この詩人は宇宙の始原状態をカオス(一種の混沌)と見なし,そこからまず女神ガイア(大地)とエロス(恋の神)が生まれ,つぎにガイアは自家生殖によって男神,天を生み,さらにエロスによってその天と交合して生産をおこない,宇宙が成立する運びになっている。ところが,アナクシマンドロスの哲学ではト・アペイロンの渦巻的な運動から分裂によって,温冷乾湿という対立的なものが成立し,最後に各種の生物が生じてくることになっている。したがって,これは神話的宇宙論からセックスに関係した用語を消去した一種の合理的宇宙論と言える。この哲学ではまた,そもそもの始めの人間は〈魚に似ていた〉とされており,その点でアナクシマンドロスを最初の進化論者と呼ぶ場合もあるが,しかし神話は早くから生物の発生を水や海に求めていたのであって,ここにも神話の影響があることを認めるべきであろう。
執筆者:斎藤 忍随
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古代ギリシアの哲学者。小アジアのイオニア地方の町ミレトスに生まれる。タレスの後継者とされ、『ペリ・フュセオース』(自然について)という著作があったと伝えられるが、残っているのはわずかな断片だけである。万物のもとのもの(アルケー)は無限定なもの(ト・アペイロン)であり、この神的で不滅なアペイロンから、まず暖かいものと冷たいもの、乾いたものと湿ったもの、といった性質の対立するものが分かれ、そして、争い合うこの対立するものから地水火風が生じ、さらに星辰(せいしん)や生物が生じるが、これらは掟(おきて)に従い、やがて争いの罪をあがなって死滅し、アペイロンへ戻るというのが、その教えである。また、大地は円筒状であって世界の中央に位置しているとか、人間は初めは魚に似ていたとか説くとともに、日時計を発明したりしたとも伝えられる。
[鈴木幹也]
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前610頃~前547頃
ミレトスの生まれで,イオニアの自然哲学者。特定のものとして規定できないもの,つまり「無限者」と呼ばれるものを基本的物質とし,一切はそれから生じ,それへと滅していくとした。
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…この呼称は,ピタゴラスを祖とするイタリア学派の呼称とともに,ペリパトス学派の伝統のなかで形成された分類法に基づくものである。この派に入るものとして,この地のミレトス市を中心に活動したタレス,アナクシマンドロス,アナクシメネスらのミレトス学派の哲学者がいる。この派は唯一つの原初的物質(アルケー)を想定し,これから世界が形成されるとしたが,これは真実在についての体系的説明としての哲学にとって,重要な一歩を踏み出すものであった。…
…それまでの伝統的な〈神々の生成の物語(テオゴニア)〉はここに現実的な〈宇宙生成論(コスモゴニア)〉へと転換された。ついでアナクシマンドロスは,アルケーはすでに限定をもっている〈水〉ではなく,それ以前の〈無限定なもの(ト・アペイロン)〉であるとし,これから乾―湿,温―冷の対立物が分離し,さらに地,水,空気,火の四大元素が形成され,それによってどのように宇宙や天体がつくられるかを具体的,合理的に論究した。さらにアナクシメネスは無限な〈空気〉をアルケーとし,これが〈濃厚化〉したり〈希薄化〉することによって万物が生ずると考え,はじめて生成変化の起こるしかたを示した。…
…しかしダーウィン以前のうち,古代ギリシアの自然哲学における進化思想は時代的にもかけ離れており,近代の進化論とは区別して扱われねばならない。
【ギリシア自然哲学】
ミレトス学派のアナクシマンドロスは,大地の泥の中に原始生物が生じてしだいに発達し,さまざまの動植物ができ,最後に人間があらわれたと説いた。エンペドクレスは,動物の体のいろいろな部分が地中から生じて地上をさまよいながら結合し,適当な結合となったものが生存して子孫を残したとのべた。…
※「アナクシマンドロス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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