アニマルセラピーは、二つの概念を含む和製英語であり、Animal Therapyと表記しても英語としては意味が通じない。すなわち、動物と触れ合うことによって情操教育や健康維持に寄与するという広義のアニマルセラピーと、さまざまな心身のハンディキャップを克服するための医療行為として実施される狭義のアニマルセラピーがあり、前者を動物介在活動(アニマル・アシステッド・アクティビティAnimal Assisted Activity=AAA)、後者を動物介在療法(アニマル・アシステッド・セラピーAnimal Assisted Therapy=AAT)とよんで区別することがある。この区別は、医療行為としてのアニマルセラピー(AAT)を日本に定着させるために有効と考えられる。しかしウマを活用したセラピー(療法)では、「医療」を目的とする、乗馬などによるヒポセラピーと、「教育」または「スポーツ・レジャー」を目的とする乗馬やウマとの触れ合い活動とを内容的に区別することは困難であり、これら3領域全体をセラピューティック・ライディングTherapeutic Riding(厳密に対応する日本語がないが、乗馬療法や障害者乗馬が一般に用いられている)とよんで、互いの連携を図りながら発展させようとしている。
アニマルセラピーに活用される動物は主としてウマやイヌなどの家畜化された動物であるが、イルカなどの野生動物が活用されることもある。しかし野生動物の多くはその生理・習性が十分に知られていないこと、また飼育下に置くだけでも大きなストレスを与えるおそれがあることから、特別の場合を除き、野生動物をセラピー動物として用いるべきではない。
一方、イヌは2万年以上にわたる人との交流の歴史をもつ動物であり、過重なストレスを与えないよう適切な配慮を怠らない範囲内で、アニマルセラピーに活用することは推奨される。またウマは、日本ではかつて150万頭も飼養されていたが2006年(平成18)には9万頭を割ってしまうまでに激減しており、このままでは競走馬を除いた用途のウマは絶滅のおそれがある。ウマを日本に残そうとするのであれば、かつての農耕馬や荷役(にやく)馬などにかわる新しい役割をウマに与えることが必要であり、広義のアニマルセラピーに期待される。
アニマルセラピーが他のセラピーと比較してどのような長所と短所をもつのか。科学的知見が不足しているため正確な比較は困難であるが、「動物という生き物を活用したセラピー」である点に、その長所と短所が求められるであろう。すなわちアニマルセラピーには、治療を及ぼす側と受け手の間に動物が介在する場合(イヌなど)と、動物自身が治療を及ぼす側として受け手と向かい合い、医療従事者やボランティアは仲介者として存在している場合(ウマなど)があるが、イヌが後者の役割を演じる場合も、またウマが前者の役割を演じる場合もある。いずれにしろ動物が能動的に人に働きかけるため、ときには失語症の人がことばを取り戻すという強烈な効果が報告される。しかし逆に、イヌ嫌いの患者にイヌを見せて症状が悪化する危険があるかもしれない。アニマルセラピーは他のセラピーにはない劇薬的な長所と欠点をもったセラピーといえる。
[林 良博]
動物介在療法の歴史は、古くはギリシア時代に受傷した戦士のリハビリテーションに乗馬療法を取り入れたころにさかのぼる。18世紀には、イギリスのヨークにある施設で、小形の動物を飼養することで精神障害者の治療効果を上げた報告がある。
1960年代のアメリカの心理学者ボリス・M・ロビンソンによるイヌと子供の関係から生まれる効果の研究を契機に多くの研究が進められた。1980年代のものではペンシルベニア大学のエリカ・フリードマンとアーロン・H・カッチャーによるイヌや水槽の魚の飼育と血圧安定の効果の関係、オーストラリアのベーカー研究所で行われた心臓病と動物飼育との関係などがよく知られる。以降、医学、獣医学、心理学、教育学、犯罪学などが連携し、人と動物の関係がもたらす効果については広く研究されている。
日本における活動としては、1986年(昭和61)に公益社団法人日本動物病院福祉協会が、コンパニオンアニマル・パートナーシップ・プログラムCompanion Animal Partnership Program(略してCAPP)活動、すなわち「人と動物のふれあい活動」をスタートさせて以来、行われている。
[柴内裕子]
人と動物のふれあい活動(CAPP活動)とは、動物介在活動(AAA:Animal Assisted Activity)、動物介在療法(AAT:Animal Assisted Therapy)、動物介在教育(AAE:Animal Assisted Education)の総称であり、具体的には、病院・施設・学校などへの訪問活動などである。これらの活動は、さまざまな角度で効果をあげ、社会のなかでしだいに認知度を高め、浸透してきている。現在では、全国各地で活動するグループも増えているが、人と動物との絆(ヒューマン・アニマル・ボンドHuman Animal Bond)をたいせつにする理念と、世界共通の活動基準を守ることが基本となる。
[柴内裕子]
動物介在療法(AAT)は、おもに精神科、慢性疾患、リハビリテーション、小児病棟、高齢疾患等に活用され、人の治療を目的に、プログラムの設定から治療の経過の記録、効果の判定までを医療従事者が行い、医師(パラメディカル・スタッフも含む)の参加が必須である。獣医師は、活動動物の健康と行動学的なチェックを行い、活動動物の養成に貢献するが、最適なボランティアスタッフが動物側の全責任をもてる現場では参加は必須ではない。
[柴内裕子]
動物介在活動(AAA)は、動物とのふれあい活動であり、対象となる人の生活の質の向上、情緒的な安定、また教育やレクリエーションを目的として実施される。高齢者施設やホスピスなどに、基準を満たしたボランティアとパートナーとしての動物が訪問し、一定の時間ふれあい(抱く、なでるなど)、またイヌの特技を見るなどして、会話や活気ある時間を楽しむ。医療の専門家の指導は必須ではない。
[柴内裕子]
動物介在教育(AAE)は、児童の教育に動物を介在させることによって、児童の道徳的、精神的、人格的な成長を促し、学校を中心としたコミュニティに恩恵をもたらすことを目的としている。保育園や小学校に、基準を満たしたボランティアとパートナーとしての動物(ほとんどがイヌ)が訪問し、正しいイヌとの付き合い方、事故防止、世話のしかた、動物の行動や身体、命の大切さなどを学び、体感体得する学習の一環。訪問先との事前打ち合わせや協力・連携が重要となる。
[柴内裕子]
『林良博著『ペットは人間のお医者さん――共に暮らすための知恵と実践』(2001・東京書籍)』▽『岩本隆茂・福井至編『アニマル・セラピーの理論と実際』(2001・培風館)』▽『マーティ・ベッカー、ダネル・モートン著、寺尾まち子訳『ペットの力――知られざるアニマルセラピー』(2003・主婦の友社)』▽『田丸政男・戸塚裕久著『アニマルセラピー――補完・代替医療』(2006・金芳堂)』▽『太田光明監修、ひとと動物のかかわり研究会編『アニマルセラピー入門』(2007・IBS出版)』▽『川添敏弘著『アニマル・セラピー』(2009・駿河台出版社)』▽『横山章光著『アニマル・セラピーとは何か』(NHKブックス)』▽『林良博著『検証アニマルセラピー ペットで心とからだが癒せるか』(講談社・ブルーバックス)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(石田卓夫 日本臨床獣医学フォーラム代表 / 2007年)
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