理学的機器を用い物理的手段によって治療を行う理学療法や、医薬を用いる薬物療法などに対比して、主として心理的操作、さらには治療者と治療または援助を受けるクライエントclient(来談者、クライアント)との間の治療的人間関係を媒介として、症状からの解放や生の構えの再構成を目ざす療法をいう。サイコセラピーは心理療法とも訳される。初めてその訳語を用いた精神医学者井村恒郎(いむらつねろう)(1906―81)は、精神療法という語には、宗教的教義を背景に新興宗教などで行われる「癒(いや)し」などと紛らわしく受け取られるものがあり、科学的検討を経ない呪術(じゅじゅつ)的印象を読み取るものが多いのでこれを退け、心的手段による治療も科学的根拠をもつ理論にたつべきことを強調する意図であるという。しかし、心的手段によるとはいっても、主として治療者とクライエントとの間の言語的あるいは非言語的コミュニケーションを媒介として人間関係のあり方そのものをも取り上げることが多く、その点では実存としての治療者とクライエントとの全人間的存在が問題となるという意味では精神療法という用語も捨てがたいとされ、両訳語とも用いられているのが現況である。とくにクライエントの実存的欲求不満に病因をみるオーストリアの精神医学者フランクルViktor Emil Frankl(1905―97)のロゴテラピーLogotherapie(ドイツ語)のごときは、むしろ精神療法とよぶほうがふさわしいといえよう。
精神療法のおもな目標は、意識的あるいは無意識的な葛藤(かっとう)に原因をもつ、いわゆる心因性の適応障害者を再適応に導くことにある。したがって適応症は、精神神経症、心身症、身体的疾患の神経症的加重、性格の軽い偏りによる適応障害などである。統合失調症(精神分裂病)などのような精神病は適応外とされたが、近年は薬物療法以外に、あるいはこれと併用して精神療法が行われることが多くなっている。発症原因についての見解も変わり、心因の関与を認める一方、精神療法にも技法的、理論的な新しい展開をみたためである。いずれにせよ、精神療法を施すに際しては対象の選択が正しく行われ、適切な治療法が選ばれなければならない。治療者は鑑別診断のできる知識と技能をもつとともに、それに必要な精神療法の技法上の修練を積んでいることがたいせつである。不適切な精神療法は、かえって苦悩を増強することもある。
精神療法にはそれぞれの理論体系とそれを基本とした技法をもつ諸療法があるが、指示的療法と非指示的療法に大別される。指示的療法は、治療者が自己の価値観に基づいてクライエントの思考や感じ方を強力に導こうとする療法であり、非指示的療法は、治療者がクライエントとの間に相互信頼と意思疎通性による治療的人間関係を保ちつつ、治療者の援助のもとにクライエント自らの価値観に従って正しいと思う方向に解決の道をみいださせていき、ときには価値観の変革を達成させていく療法である。今日、日本で多くの支持者をもつ精神療法のうち、代表的な指示的療法としては森田正馬(まさたけ)(1874―1938)が創始した森田療法があり、代表的な非指示的療法としてはアメリカの心理学者ロジャーズCarl Ransom Rogers(1902―87)が提唱したクライエント中心療法をあげることができる。森田療法と並んで日本でも広く行われている精神分析療法でも、その創始者であるフロイトは治療者の中立性を強調したが、その直弟子のなかにはすでに治療者の積極的関与を必要と考えるものがいるなど、かならずしも指示・非指示の区別は容易ではないことが多い。
精神療法の治療機序としては、後(ご)催眠暗示や説得などによって適応強化を図る支持療法、症状についての苦悩やその端緒となった状況などの言語的あるいは行動的な表出を通じての鬱積(うっせき)した情緒の発散、意識的あるいは無意識的レベルでの葛藤状況および適応失敗としての症状形成への洞察、脱感作(かんさ)法などの訓練や修正的再体験による再教育または適応の再編成などがあげられているが、どの療法でもまったく単独の機序によるものではなく、互いに入り組んだ複数の機序が働くものと考えるべきである。
[懸田克躬]
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疾病の治療法には,身体そのものに働きかける治療法(外科手術,薬物療法等)と心に働きかける治療法とがあり,後者を一般に精神療法(心理療法)という。対象となるのは,危機または葛藤状態にある心であり,不安やそれに伴う怒りや苦悩等の感情,不適切な行動および心身の異常ということになる。したがって,神経症や心身症がおもな対象疾患であるが,不安がその経過を左右しているものも対象となる。すなわち,精神病から非行や登校拒否等の半健康状態はいうまでもなく,危機の大きな疾病(癌等)や闘病が強いられる慢性の疾病(糖尿病等)にも必要とされる。精神療法の手技は,不安成立の解釈の仕方に応じてさまざまであるが,そのメカニズムの基本的なものは次のようなものである。
第1は治療者による受容,尊重,傾聴がもたらす不安・緊張の緩和。さらに,言語および感情表現を自由にさせること(カタルシス,解除反応)。第2には,知的および体験的に自己の誤りや不安のメカニズムに気づくこと(洞察,悟り)。第3には,それによって新しい適応した行動を身につけること(自己実現,行動変容)である。一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。不安および不適応行動の成立についての科学的理論とそれに基づく技法がないと精神療法とはいえないが,宗教による〈癒し〉のみならず,日常生活の中の人間関係の支援にも共通するメカニズムを見いだすことはできる。
執筆者:増野 肇
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…なお,本来のカタルシスは上記の激情にのみかかわるのであるが,現実を理想化する芸術の営みに即して,感情が美的に高揚し純化されることをもカタルシスの概念に託すならば,これはあらゆる芸術に妥当する事柄であろう。【細井 雄介】
[精神療法におけるカタルシス]
精神療法でも重要なメカニズムの一つで,無意識によって抑圧されていたり,あるいは意識的に抑えられ,表現されないでいた感情や思考,体験が勢いよく十分に表現されたときにみられるすっきりとした気分の状態をいい,浄化作用ともいう。フロイト,ブロイアーは,催眠中に生ずる過去の情動の表現に対してこの語を用いた。…
※「精神療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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