動物、おもに飼育動物の疾病の治療および予防を目的とした学問をいう。
[本好茂一]
獣医学の起源は古いが、1762年にフランスのリヨンに獣医学校が設立されたのが近代獣医学教育の始まりである。日本では、1876年(明治9)に近代獣医学の教育が行われるようになった。当初、本格的に飼育されていた動物は種類の面からも数のうえからもまだ少なかった。その後、軍隊に必要なウマに対する改良が重要となり、乳牛、ブタ、ニワトリと、需要に応じて獣医学の対象は広げられてきた。近代獣医学は、農事修学場(後の駒場農学校、現東京大学農学部)、開拓使仮学校(現北海道大学)などで、農学のなかの主要教科として始められ、当時は外国人教師によって指導されていた。
獣医学教育においては、獣医師の養成が重要な目的である。この目的に沿うため、獣医解剖学、動物発生学、獣医生理学、獣医病理学、獣医微生物学、獣医寄生虫病学、獣医薬理学などの基本のほか、専門課程には、獣医臨床繁殖学、獣医内科学、獣医外科学、獣医放射線学、獣医伝染病学などの臨床獣医学がある。さらに、獣医技術には衛生面に関する知識の必要性も強く、獣医衛生学、獣医公衆衛生学などの教育も行われる。
[本好茂一]
近年、獣医学の専門領域は、魚病学などとして魚類の養殖技術のなかにも広く求められるようになった。また環境毒性による生体への影響が叫ばれるなかで、医学と獣医学の連係を深めたうえでの環境汚染に対しての改善が求められ、野生鳥獣の保護についても教育の整備が最重要課題となっている。これは世界的傾向で、比較動物医学としての需要にもこたえるべく獣医学の対象も広げられている。
そして、医薬品、動物薬、農薬、食品添加物、環境汚染物質、一般化学物質などさまざまな化学物質の、人間に対する安全性・毒性などの検定には、実験用動物がきわめて重要な位置を占めている。マウス、ラット、ウサギ、モルモット、イヌ、ネコなどの実験動物の作出、改良、増殖、管理をはじめ、実験にも、獣医学的学識と技術が求められる。
以上のように、現在の獣医学は、食料の生産、食肉衛生などに携わるだけでなく、医学、薬学の発達にも少なからず役だっている。安全な乳肉鶏卵など動物性食品生産のための動物衛生、食品衛生への寄与に加え、動物実験の成績を人間に外挿(がいそう)(動物実験によって得られたデータを人間の場合に当てはめ予想値を出すこと)し安全基準をつくる仕事を通じて広く公衆衛生にも貢献している。公衆衛生への貢献は動物性食品のみならず、すべての食品に及んでおり、これらの領域では、農学、農芸化学、医学、薬学、工学など多分野の共同作業が不可欠になっている。
また、人間の精神生活に潤いを与えるイヌ、ネコ、小鳥などペットの飼育家や、競馬・乗馬愛好家が増加したため、それら動物の疾病の予防から治療に及ぶ医療面でも獣医学は活躍している。さらに、獣医学徒の職域は、多くの人々を楽しませる動物園の種々の動物の飼育管理から病気の治療にまで広がっている。
[本好茂一]
第二次世界大戦後、獣医学教育は4年制大学で行われてきたが、前述のような広範な要求に対応する必要から、獣医学教育は大きな転換期を迎えた。1977年(昭和52)5月、獣医師法が一部改正され、獣医学教育は学部4年と修士2年の計6年となり、この6年の課程修了者が獣医師国家試験の受験資格をもつこととなった。その後1983年5月の学校教育法第55条(現在は87条)の改正により、1984年度入学の学生から医学、歯学に次いで、大学院修士の過程を利用しない学部一貫6年制に変更された。さらに1997年(平成9)、大学基準協会により「獣医学教育に関する基準」が、国際社会への対応の必要性を踏まえ、改定された。(1)獣医学の理念と獣医学教育の目的、(2)教育研究の組織、(3)学生の入学者選抜・定員管理、(4)教育課程、(5)教員組織と教員の責務・資格についてなど、それぞれ詳細な基準が決められ、これに対応するため、種々の学術会議や各国公立大と私立大、それぞれの協議会で具体策が検討された。
2003年には食品安全基本法(平成15年法律第48号)が制定され、食品安全委員会が内閣のなかに設置された。同委員会には、企画、リスクコミュニケーション、緊急時対応に加え、農薬、添加物、動物用医薬品、化学物質・汚染物質、微生物・ウイルス、プリオン、カビ毒・自然毒等など、危害因子ごとに14の専門調査会がおかれている。ここではリスク管理機関から独立した立場の獣医師が加わり、科学的にリスク評価を行い安全基準を定める方式が定着している。また、動物実験データの人間への外挿の際には、獣医学の学識が不可欠であり、公衆衛生分野で実績のあった微生物分野に加え、化学物質の毒性分野においても、獣医学の重要性が認識されている。
[本好茂一]
動物,主として家畜を対象として,その疾病の伝播(でんぱ)を予防したり,診断・治療にあたる人の養成をするための学問。野生の動物がヒトの生活環境に接近し家畜化されたのは,イヌが今から1万~1万2000年前,ウシとブタが6000~8000年前,ウマとニワトリが約5000年前と考えられているが,これらの動物の疾病の伝播の予防や治療が要求されるようになり,これを学校の制度の中で自然科学の形態をとるようになったのは,近代である。1762年フランスのリヨンに,65年にその姉妹校としてアルフォールに獣医学校が設立されたのが始まりである。この時代にはヨーロッパにウシの伝染病が流行した。日本では明治初年大久保利通が欧米を巡視し,畜産物の利用が欧米文化の基調となっていることを強く認識して政策に反映させ,優秀な家畜の輸入,牧畜試験場,農事修学場(東京大学農学部の起源),開拓使仮学校(北海道大学の起源),下総牧羊場(東京農工大学の起源)を創設した。1877年1月から日本最初の農学,獣医学の教育が開始され,85年8月22日太政官布告によって獣医免許規則が公布され,86年7月1日から施行された。すなわち免許を得た獣医師でないと家畜診療業務を行うことができないことになった。
現在世界における獣医師の活動分野はきわめて広く,またその教育制度も高度になっている。アメリカでは獣医師は本来動物の疾病の診療にあたるだけでなく,政府,企業ないしは大学の研究所での研究活動,地方自治体,州,連邦政府職員として公衆衛生活動,防疫,検疫活動,実験動物による医薬の開発,動物園動物の医療,陸軍,空軍の獣医官として活躍している。
現在の獣医学教育は,広く知識を深め,獣医学の高度の専門技術を追求し,その学問技術を活用して畜産の発展を推進し,家畜その他大小動物ならびに畜産物などを人間生活に利用するに際し,人獣共通伝染病を予防し,食品衛生の万全を期すべく,基礎獣医学,臨床獣医学,獣医公衆衛生学など広い領域に及んでいる。このため獣医学の修業年限は学校教育法に基づく大学において獣医学の正規の課程を修め,かつ同法に基づく大学院において獣医学修士の課程を修了したものが獣医師免許審議会の獣医師国家試験に受験ができることになっている。1984年以降の入学者については,大学院修士の課程を利用しない,医学,歯学教育のような一貫6年制へ変換することになった。
獣医学教育では主要科目として,家畜解剖学(発生学を含む),家畜生理学(医化学を含む),家畜病理学,家畜微生物学(伝染病学,衛生学,獣医公衆衛生学を含む),家畜内科学(寄生虫学,医動物学を含む),家畜外科学(産科学,臨床繁殖学を含む),畜産学,獣医放射線学,魚病学などがある。また付属施設として家畜病院を置くことが必要である。
→獣医
執筆者:本好 茂一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…したがって畜産学を構成する学問としては,(1)基礎学としての家畜生物学(解剖学,生理学,遺伝学,栄養学,心理学,行動学,生態学など),(2)応用学としての家畜生産学(育種学,繁殖学,飼養学,管理学など),(3)畜産業の基盤としての飼料生産学(飼料学,飼料作物学,草地学など),(4)畜産物の保蔵・加工のための畜産物利用学(畜産物品質学,畜産物保蔵学,畜産物加工学など),(5)社会科学の面から畜産経営学,などの諸学が含まれている。なお畜産学と獣医学とは,ともに対象とする家畜に対する認識の重要性ということから基礎学の大きな部分を共有しているが,畜産学は健康な家畜の生産性をより向上させるという側面を受けもち,そのため畜産経営との強い関連を有するのに対し,獣医学は家畜の疾病の予防・治療を目的としており,公衆衛生をも対象とする点が相違している。【正田 陽一】。…
※「獣医学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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