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アフリカ・マダガスカル同盟 アフリカ・マダガスカルどうめいUnion Africaine et Malgache; UAM

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アフリカ・マダガスカル同盟
アフリカ・マダガスカルどうめい
Union Africaine et Malgache; UAM

1961年9月マダガスカルの首都タナナリブ (現アンタナナリボ) で結成された旧フランス領穏健派 (ブラザビル・グループ ) 12ヵ国による国家連合。原加盟国は,カメルーン,中央アフリカ,コンゴ共和国,コートジボアール,ダオメー (現ベナン) ,ガボン,オートボルタ,マダガスカル,モーリタニア,ニジェール,セネガル,チャド。のちルワンダ,トーゴが加盟して 14ヵ国となった。急進派として台頭したカサブランカ・グループ,とりわけアフリカ諸国連合を結成したガーナ,ギニア,マリ3国に対抗するもので,国家主権の尊重を前提とする独立諸国のゆるやかな連合体であった。国家・政府首脳会議を最高機関とし,執行機関としては事務総局をコトヌーにおくほか,専門機関としてアフリカ・マダガスカル経済協力機構 OAMCE (本部ヤウンデ) ,アフリカ=マダガスカル防衛同盟 UAMD (本部ワガドゥグー) ,アフリカ・マダガスカル郵便電気通信連合 UAMPT (本部ブラザビル) をもち,さらに国連内にも UAMグループをかかえ,当時のアフリカとしては最も有力な国際的連合体であった。加盟国間の連帯を強化し,集団的安全を確保し,その経済発展を推進し,アフリカ,マダガスカルおよび世界の平和を維持するために外交政策のあらゆる領域において加盟国の協力を組織することをその目的としていた (憲章第2条) 。 63年5月アフリカ統一機構 OAUが創設された際,アフリカ圏内の派閥的,政治的な国際機構や国家グループの解体が決議されたが,UAMは存続し,翌 64年3月にいたってようやくその解体 (ただし経済機構としての OAMCEは存続) が確定した。

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