日本大百科全書(ニッポニカ) 「アメリカ・ファースト」の意味・わかりやすい解説
アメリカ・ファースト
あめりかふぁーすと
America First
「アメリカ第一主義」。自国の経済の立て直しを最優先し、国際社会への関与を徹底的に控えていこうとするアメリカ・トランプ政権の掲げた一連の政策の総称として日本も含め、世界的に広く知られた。
ただ、このことばには変遷がある。第一次世界大戦直後から第二次世界大戦中には、アメリカが海外の戦争に加わることに対する強い反発から生まれた参戦反対運動のスローガンが「アメリカ・ファースト」だった。その後、第二次世界大戦以降のアメリカが覇権を握る時代に入り、アメリカ国民の世論はかならずしも孤立主義的傾向が優勢ではなかったために、このことばそのものが長い間、使われなかった。しかし、1992年の大統領選挙で共和党の予備選挙に立候補したパトリック(パット)・ブキャナンPatrick "Pat" Buchanan(1938― )が、「アメリカ・ファースト」ということばとともに、自国の経済立て直しを優先すべきという主張を展開し、注目された。
「アメリカ・ファースト」に関連してトランプが掲げた主張、および政策には大きく分けて四つの特徴がある。
一つ目は、それまでの国際協調的なアメリカの外交方針を大きく変えた点である。2017年1月の政権発足直後、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を宣言した。また、トランプ政権は世界貿易機関(WTO)の運営が途上国寄りで改革が必要だと主張し、WTOからの脱退を何度もほのめかした。
2点目は、国内の雇用維持、経済復興である。アメリカの雇用を守り、「不公正な貿易」と戦うためにあらゆる法的手段を使うとし、外国からの製品に対して関税を強化した点である。とくに中国の「経済侵略」に対しては、徹底的に対抗していく姿勢を明確に示した。2018年3月下旬、自国産業の保護を目的に鉄鋼・アルミニウム製品の輸入制限を開始し、中国や日本などを対象に追加関税を発動し、6月からヨーロッパ連合(EU)やカナダ、メキシコも対象に加えた。これに対して、日本を除く多数の国が報復関税を発動するなど、世界的な貿易戦争が広がった。中国製品に対してはその後も知的財産権侵害を理由とした制裁関税が数度にわたって課された。また、多くのアメリカ企業の雇用や工場を国内に引き戻し、製造業で何百万もの雇用を創出していくために、政府によるアメリカ製品の購入や国内に工場を戻した企業に対する税制優遇などを進めた。
3点目は、「世界の警察官」としてのアメリカの責任からの解放を目ざしたことである。日本や韓国など同盟国に対し「駐留米軍のすべての経費を支払うべきだ」と主張し、同盟国により多くの費用を負担させようとした。さらに、シリア、アフガニスタンから撤退の方向性を探り、中東への軍事介入などを見直していった。
4点目は、一種の排外主義である。「メキシコとの国境に壁をつくる」「イスラム教徒の入国禁止」など、アメリカに入ってくる多様な人々を規制していく動きをトランプ政権は加速させた。
このようなアメリカの大きな変化は、世界から驚きをもって受け止められた。とくに、貿易戦争も辞さない強硬姿勢に批判が集中した。その一方でトランプ政権を自由貿易体制につなぎ留めることが、日本やEUにとっては重要課題となった。
このようにトランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は国際社会に大きな波紋をよんだが、国内的にはトランプへの保守派の強い支持を固める原動力にもなった。とくに移民や難民に職を奪われ、生活を脅かされていると感じたり、治安の低下に不安を感じたりする白人労働者層などの間でこの主張は広く支持された。その一方でトランプ政権に否定的なリベラル派の間では、「アメリカ・ファースト」政策は国際社会においてもアメリカを孤立させ、国内においても人種間、階層間の亀裂(きれつ)を浮き彫りにするものである、というまったく異なった見方が広がっていった。
ただ、「アメリカ・ファースト」の名のもと、トランプ政権が行った政策は単純ではなく、重層的だった。たとえば、自由貿易をこれまで支持していた産業界にとって、トランプ政権の貿易戦争は保護主義にほかならないはずだが、同時に行った大型減税や、次々に打ち出した規制緩和もあり、産業界からの不満はガス抜きされていた。さらに安全保障政策では、「世界の警察官」からの解放を目ざしたものの、一方で、「力による平和」を打ち出し、軍拡を進めたため、アメリカの安全保障上の力の衰退は目だってはいなかった。さらに、トランプ政権がWTOをはじめ、国際機関の運営上の問題点を明らかにした点を評価する声もある。
[前嶋和弘 2021年6月21日]