アモン(英語表記)Amon

翻訳|Amon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「アモン」の解説

アモン
Amon

古代エジプトの主神の一柱。アモンとは「神秘」の意。アメンともいう。元来テーベの地方神にすぎなかったが,第 12王朝がテーベを首都として統一王国をつくった頃,その崇拝は全エジプトに広がり,ヘリオポリスの最高太陽神レーと融合し,アモン・レーと呼ばれ「神々の王」となった。この点から,ギリシア人は彼をゼウスと同一視した。アモンの勢力は新王国にいたり頂点に達したが,イクナートンの宗教改革で影をひそめ,再び王の死後復活し第 21王朝時代には,アモンの最高祭司がテーベの祭司の先頭に立った。配偶者はムートという雌ライオンの頭をもつ神々の母。初め頭の神として表され,中王国後は一対の長い羽飾りを頭に載せ,顎ひげを垂らした人間の形で表された。聖獣は雄ヒツジとナイルガチョウ

アモン
Ammon, Alfred

[生]1883.6.1.
[没]1962
オーストリアの経済学者。ウィーン大学に学び,フライブルク,チェルノビッツ,グラーツ,プラハ,東京 (1926~29) ,ベルンの各大学教授を歴任。オーストリア学派から出発し,価格理論については G.カッセルにかなり近い立場を取り,一般均衡理論の普及に貢献。日本の近代経済学史の揺籃期にあって,若手研究者を育てた功績も大きい。主著『理論経済学の対象と基礎概念』 Objekt und Grundbegriffe der theoretischen Nationalökonomie (11) ほか多数。

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367日誕生日大事典「アモン」の解説

アモン

生年月日:1842年12月7日
ドイツの人類学者
1916年

アモン

生年月日:1883年6月1日
オーストリアの経済学者
1962年没

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朝日日本歴史人物事典「アモン」の解説

アモン

没年:1962.11.2(1962.11.2)
生年:1883.6.1
東京帝大経済学部で経済学を担当した外国人教師。チェコスロバキア人。在任期間は大正15(1926)年度から昭和4(1929)年度まで。レーデラーの後任に招聘するつもりでいたシュンペーターがボン大学に赴任したために,その代わりとして来日した。カッセルに沿った近代経済学を講じ,一般均衡理論の日本導入に大きな貢献をした。外国人教師は高給で,アモンの年俸は1万2000円,宿料補助は年額1500円であった。ちなみに当時の年長教授の年俸は4800円程度であったという。<参考文献>『東京大学百年史 部局史1』

(藤井隆至)

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デジタル大辞泉「アモン」の解説

アモン(Amon)

古代エジプトで最も広く崇拝された神。テーベの守護神でもあり、しばしば太陽神ラーと結合してアモンラーとよばれる。アメン。アンモン
[補説]古代エジプトでは、2本の大きな羽飾り頂く人物、あるいは牡羊の頭をもつ人物として表された。古代ギリシャでは最高神ゼウスと同一視され、頭に羊の角をもつ人物として表現されている。

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旺文社世界史事典 三訂版「アモン」の解説

アモン
Amon

古代エジプトのテーベの市神。中王国以来の最高神
テーベが首都となった第11王朝より諸神の王の地位を占めた。新王国では太陽神ラーと同一視され,アモン−ラーとして厚く信仰されて,神官勢力の増長を招いた。アメンホテプ4世は崇拝を禁じたがすぐ復活し,ギリシア時代まで続いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus「アモン」の解説

アモン Amonn, Alfred

1883-1962 オーストリアの経済学者。
1883年6月1日生まれ。大正15年東京帝大にまねかれて来日。昭和4年まで滞在して近代経済学をおしえた。1962年11月2日死去。79歳。ウィーン大卒。

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精選版 日本国語大辞典「アモン」の解説

アモン

(Amon) エジプト神話の神でテーベ市の守護神。しばしば太陽神ラーと結合してアモンラーとよばれる。アメン。

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世界大百科事典 第2版「アモン」の解説

アモン【Alfred Amonn】

1883‐1962
スイスの経済学者。オーストリア生れ。1907年ウィーン大学卒業後フライブルクプラハ大学その他,また東大(1926‐29)でも経済学を講じ,のちスイスのベルン大学教授となった(1929‐53)。彼の功績は,ウィーン学派とG.カッセルとを折衷した価格理論を提示し,カッセルに従って一般均衡理論を紹介し普及させたことにある。彼の主著《国民厚生経済学原理》第1巻(1926)は当時におけるすぐれた経済原論のテキストとして広く読まれた。

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世界大百科事典内のアモンの言及

【アメン】より

…古代エジプトの神。アモンAmon,アムンAmunと表記されることもある。大気・豊饒の神。…

【社会進化論】より

…生得的能力差と生存闘争が人間社会の基本だとするヘッケルの社会観には,ドイツの社会ダーウィニズムの虚無的な性格がよく表れている。そしてヘッケル以外にも,L.グンプロビチ,ラッツェンホーファーG.Ratzenhoferの闘争を重視する社会学派,シャルマイヤーW.SchallmayerやプレッツA.Ploetzの優生学的主張,A.アモンのような楽天的な競争社会観など,多くの生物学主義的社会理論が輩出した。なかでも1900年の〈国家の国内政策の発展およびその立法に関して,われわれは進化論の原理から何を学ぶか〉というA.クルップの懸賞問題は,この思想の広範な浸透を象徴する事件として有名である。…

※「アモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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