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アリステイデス アリステイデスAristeidēs

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アリステイデス
Aristeidēs

前5世紀のギリシアの政治家,将軍。テミストクレスの政敵。オストラシズム (陶片追放) でアテネから追放されたがペルシア勢侵入の直前大赦を得て帰国し,サラミスの海戦ではテミストクレスを助けた。その正直さは有名で,デロス同盟の年賦金額の決定という大任を公正に果たした。

アリステイデス
Aristeidēs

2世紀のアテネの有力なキリスト教護教家。ローマ皇帝ハドリアヌスにあてて,キリスト教弁証論を書いた。護教論としては最初期のもので,以後の弁証論の先駆をなす。この書のシリア語版およびギリシア語版はそれぞれ 1889,91年に発見されている。

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百科事典マイペディアの解説

アリステイデス

古代アテナイの政治家,軍人。富裕な支配者階級の出身。テミストクレスと対立して前485年追放されたが3年後帰国。ペルシア戦争中,プラタイアイの戦でアテナイ軍最高司令官となる。
→関連項目キモン

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世界大百科事典 第2版の解説

アリステイデス【Aristeidēs】

?‐前467ころ
〈正義の人〉とたたえられた古代アテナイの政治家,将軍。前6世紀末のクレイステネスの改革に参与し,さらに前490年のマラトンの戦では将軍としてミルティアデスを助け,ライバルのテミストクレスと戦列に肩をならべて戦った。戦後まもなく首席アルコン(最高官)の職にえらばれたが,民主派のテミストクレスと張りあったすえに陶片追放の憂き目にあう。このとき陶片に,彼の名を書いてくれと田舎出の文盲の市民にせがまれて代筆をしたという逸話が伝えられている。

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