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アンボン事件 アンボンじけん

百科事典マイペディアの解説

アンボン事件【アンボンじけん】

アンボイナ事件とも。オランダ東インド会社の設立後,香料貿易をめぐる英国との競争が激化したが,1623年オランダ官憲はインドネシア東部のアンボン島でオランダ要塞(ようさい)占領の陰謀ありとして英国人すべて,日本人傭兵(ようへい)9人ら約50名を捕え,拷問,20名を処刑した。
→関連項目モルッカ[諸島]

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世界大百科事典 第2版の解説

アンボンじけん【アンボン事件】

インドネシア東部バンダ海の小島アンボンで1623年2~3月に起こったオランダ,イギリス両国商館間の紛争。2月末にイギリス商館の日本人傭兵がオランダ商館の様子を調べているのに不審を抱いたオランダ商館長は,イギリスの商館長以下全員を捕らえて拷問を加えた。苦しみに耐えかねた捕虜はついにオランダ商館襲撃の陰謀を企てていたことを自供したので,オランダ商館長は3月9日にイギリス人10人,日本人9人,ポルトガル人1人を処刑した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アンボン事件
アンボンじけん

アンボイナ事件」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内のアンボン事件の言及

【大航海時代】より

… イギリスは1600年に東インド会社を設立してアジアへの進出を始めた。しかしイギリスはオランダとの競争に敗れ,23年のアンボン事件を契機として東アジア,東南アジアから撤退し,インドにその活路を求めた。 24年前後から50年までがオランダの海上進出の最もさかんな時期であった。…

※「アンボン事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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