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アンマン アンマン Amman, Mīr

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アンマン
アンマン
Amman, Mīr

[生]1733頃.デリー
[没]1806以後
インドウルドゥー語の文人。 1800年カルカッタに開設されたフォート・ウィリアム・カレッジに教師として採用され,ペルシア古典物語『四人の托鉢僧の物語』 Qiṣṣa-e-chahār darvīshをタフシーンのウルドゥー訳からデリーの日常語を用いて書き改め,『園と春』 Bāgh o Bahār (1802) と題した。

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アンマン
アンマン
`Ammān

ヨルダンの首都。ヨルダン川の東約 40km,標高約 700mの高原に位置する。アンマン涸れ川 (ワディ) に沿ったひと続きの丘や谷に建てられた町で,1945年以来,急激な発展を遂げている。一方,最古の住民の遺跡は前 4000年頃にさかのぼり,聖書のラバトベネアンモンと一致し,ギリシアローマビザンチン時代を通じてフィラデルフィアと呼ばれていた。

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デジタル大辞泉の解説

アンマン(Amman)

ヨルダン‐ハシミテ王国の首都。紀元前からの都市で、東ローマ帝国時代の円形劇場などが残る。人口、行政区120万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

アンマン

ヨルダンの首都。ヨルダン川東方約75km,標高720mにある。聖書のラッバス・アンモンに由来するが,ローマ時代はフィラデルフィアと呼ばれた。ビザンティン帝国以降は全く衰退したが,19世紀にオスマン帝国が再興。
→関連項目ヨルダン

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大辞林 第三版の解説

アンマン【Amman】

ヨルダン-ハシミテ王国の首都。死海の北東方にある商業都市。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アンマン
あんまん
Amman

ヨルダンの首都。ヨルダン北部にあり、ヨルダン川の東方75キロメートル、標高780メートルの台地上にある。人口129万3200(2003年推計)。気候は乾燥し、年降水量270.3ミリメートル、夏はほとんど降雨をみない。夏は高温(8月平均気温25.3℃)、冬は温暖(1月平均気温7.7℃)である。ヨルダンの経済中心地で、食料品、繊維、たばこ、皮革品、プラスチックアルミニウムセメント工業のほか、燐(りん)鉱石や農産物を集散する。交通の要衝でもあり、ダマスカスから南のマアーンへ通じるヘジャズ鉄道(巡礼鉄道)がここを通る。また、北はダマスカス、西はエルサレム、南はアカバ港へ幹線道路が通じ、東方5.5キロメートルには国際空港がある。王宮、ヨルダン大学、ヨルダン考古博物館、ローマ時代の円形劇場跡やヘラクレスの神殿などの遺跡も多い。
 紀元前5~前4世紀ごろのアモン人の都ラバト・アモンが現在のアンマンの名の由来といわれる。前3世紀、ヘレニズム時代のプトレマイオス・フィラデルフォス2世の治世にはフィラデルフィアとよばれた。第一次世界大戦後の1923年、イギリスのパレスチナ委任統治領の一部であったトランス・ヨルダンが首長アブドッラーのもとに独立し、アンマンはその首都となった。イスラエルに対抗するアラブ陣営の拠点であり、1948~1949年の第一次中東戦争や、1967年の第三次中東戦争によるヨルダン川西岸地区の占領により、大量のパレスチナ難民がアンマンに流入した。このため人口は15年間で3倍になった。また1970年にはヨルダン政府軍とパレスチナ・ゲリラの激しい市街戦の舞台となった。[原 隆一]

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