アーバス(英語表記)Arbus, Diane

  • 1923―1971
  • Dian Arbus
  • Diane Arbus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1923.3.14. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]1971.7.26. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の写真家。本名 Diane Nemerov。1940年代に写真を始めた。1960年『エスクアイア』誌に『バーティカル・ジャーニー』を発表,以後多くの雑誌で活躍するようになった。独特な雰囲気を漂わせたポートレートなどで知られた。

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デジタル大辞泉の解説

[1923~1971]米国の写真家。商業写真家として多くのファッション誌で活躍した後、リゼット=モデルに師事し芸術的な作品を発表。1967年に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の「ニュードキュメンツ」展に出品した作品で注目を集めた。

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百科事典マイペディアの解説

米国の写真家。ニューヨーク生れ。夫アラン・アーバスとともにファッション写真家として活躍した後,リゼット・モデルに師事。奇形の人,ヌーディスト,精神病患者,同性愛者など,〈生まれながらに傷つき,修練を超えた精神的貴族〉や〈自分の神話=謎を持った異様な表現をする人たち〉を撮影した作品が,写真界に衝撃を与えた。1967年ニューヨーク近代美術館で開催された《ニュー・ドキュメンツ》展に,フリードランダーウィノグランドとともに出品,注目すべき新しい写真家として紹介された。1971年自殺。1972年同美術館で大回顧展が開催された。1984年にパトリシア・ボスワースによってまとめられた《ダイアン・アーバス:伝記》(邦訳《炎のごとく》)出版。

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世界大百科事典 第2版の解説

1923‐71
アメリカの女性写真家。ニューヨークの富裕なユダヤ人の家庭に生まれ,14歳のとき4年後に結婚する夫アラン・アーバスと出会う,という半生が示すように〈自分が不幸だと思ったことのない〉ことが悩みだった。夫とともにファッション写真家となり《ボーグ》《ハーパースバザー》などで活躍したが,1959年,ベレニスアボットの友人でもあった女性写真家リセット・モデルに師事し,以後シリアスな写真を追求しはじめる。67年ニューヨーク近代美術館のグループ展〈ニュー・ドキュメンツ〉に出品した写真で注目された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカの写真家。1960年代、無名の人々を路上で撮影するなど、ドキュメンタリー技法で現代人の精神の内奥をえぐる写真作品を制作、発表し、現代写真に新たな境地を開いた。ニューヨークの裕福な商家に生まれ、カメラマンと結婚したのを機に写真を始め、離婚後女性ドキュメンタリー写真家のリゼット・モデルLisette Model(1901―1983)に師事、本格的に写真家として歩み始める。アーバスは、市街地の路上や、近郊住宅地にさまざまな人物像を求め、写真で人間の心に潜む邪悪さを摘出しようとした。異常な生、異形(いぎょう)の生を凝視するその作品は写真界に衝撃を与えた。1967年にニューヨーク近代美術館が開催した「ニュードキュメンツ」展で、フリードランダーLee Friedlander(1934― )、ウィノグランドGarry Winogrand(1928―1984)とともに、芸術としてのドキュメンタリー写真のあり方を社会に示し、幅広い人気を獲得する。しかし1960年代後半からしだいに情緒の安定を失い、1971年に突然短銃自殺を遂げた。1972年同美術館で大回顧展が開催された。

[平木 収]

『パトリシア・ボズワース著、名谷一郎訳『炎のごとく――写真家ダイアン・アーバス』(1990・文芸春秋)』

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