ドキュメンタリー写真(読み)どきゅめんたりーしゃしん(英語表記)documentary photography

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドキュメンタリー写真」の意味・わかりやすい解説

ドキュメンタリー写真
どきゅめんたりーしゃしん
documentary photography

記録写真。写真はカメラによる記録手段であるため、写真とは記録写真のことと極言してもよいが、現在では社会、自然といった題材を問わず、後世に資料的価値をもつに足る客観性を内容・表現に保持するものと解釈されている。社会的な問題にコメントしたり、カメラ・キャンペーンの意図をもつものはソシアル・ドキュメンタリー・フォトととくによんでいる。また広義にはニュース写真、フォト・ルポルタージュも含まれるが、狭義には商業的意図による興味本位のものは除外される。また、1920年代にイギリスを中心に生まれた記録映画は、社会民主主義的な時代的ムードのなかで、民衆に社会問題を啓蒙(けいもう)する目的でつくられており、一般的に社会主義国のドキュメンタリー写真にはこうした傾向が強い。

 写真史上、ドキュメンタリー写真の発生は芸術写真同様きわめて早い。というのも、写真家の周囲の日常や現実はすべて記録の対象として絶好だったからである。フランスの写真発明家マンデ・ダゲールはパリの街や風俗を撮っており、イギリスのフォックスタルボットエジンバラ市街にカメラを向けた。同じイギリスのトーマス・アナンは1868年から77年にかけてグラスゴー市のスラム街を撮って、世論をスラム問題に注目させている。

 アメリカでは南北戦争の記録にマシュ・ブラディやアレキサンダー・ガードナーをはじめ多くの写真家が活躍した。南北戦争後、再開された西部開拓では、A・J・ラッセル、T・H・オサリバン、W・ジャクソンらが調査団に加わり、さまざまな新しい景観やインディアン遺跡を記録した。1870年デンマークから移民してきたジェイコブ・A・リースは、ニューヨークのスラム街で生活した体験から、88年サン新聞にカメラによるキャンペーンを連載した。ルイス・W・ハインは社会学者だったが、移民たちの追跡記録や、児童労働の実態、エンパイア・ステートビルディングの建設状況などを記録した。また1935年、経済大恐慌における南部の実情を啓蒙するために、農業安定保全局資料部(FSA)が、ウォーカー・エバンズやドロシー・ラングを起用して20万枚に及ぶ記録を残した。

 フランスでは、20世紀初め、無名ながらパリの栄光と悲惨のすべてを撮ったとされるユージェヌ・アッジェがいる。日本でも田本研造(たもとけんぞう)をはじめとする北海道開拓の記録写真は貴重な歴史的資料であるとともに、芸術的にも香気のあるものである。

 記録写真は、記録者の意図を超えて、その精緻(せいち)なリアリズムのゆえに、ときとして芸術的な表現の域に到達する。ここに述べた写真家のドキュメントはすべてそうした評価を受けているものの例である。

[重森弘淹]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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