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イオニア人 イオニアじんIōnes; Ionians

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イオニア人
イオニアじん
Iōnes; Ionians

古代ギリシア人の一種族。イオニア方言を話し,小アジアのイオニア地方,エーゲ海中部の島々,エウボイア,アッチカなどに住んだ。ホメロスの詩には1度出てくるだけだが,小アジア西岸の中央部がイオニアとして知られるようになってから特に重要になった。アテネが全イオニア人の母市であるという,古くからの伝承はあたらないとしても,アテネ人がイオニアへの進出を組織的に行なったことはある程度真実らしい。イオニア人は前 750年頃から本土のドーリス人諸国家にさきがけて,黒海沿岸に最初の植民市 (アポイキア ) を建設,さらにナポリ湾のアエナリア島,ピテクサ島などに植民市を築き,西方への道を開いた。シチリア島に最初の植民を行なったのも彼らであった。経済的,文化的にも急速に発展し,イオニア人とはオリエント世界ではギリシア人の総称となった。

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百科事典マイペディアの解説

イオニア人【イオニアじん】

早くからギリシアに南下したとみなされる古代ギリシア人の一分派。アッティカ,エウボイアから小アジア西岸中部のイオニアに移住。イオニア方言を話す。アテナイ人は代表的存在であるが,前7―前6世紀イオニア諸市(ミレトスエフェソス)は海外植民,貿易で活躍。

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世界大百科事典 第2版の解説

イオニアじん【イオニア人 Ionians】

ギリシア人の一分派でアカイア人ドリス人などとならぶ種族。前1000年ごろアッティカから小アジア西岸中央部(イオニア)に多数の植民者が送られたらしく,それにはペロポネソス半島北部海岸地域からの移民もまじっていたらしい。イオニア方言はアッティカ,エウボイア,デロス,キオス,イオニアで話され,イオニア人の結合の象徴はミュカレ岬のポセイドン神殿で催されるパンイオニア祭およびデロス島のアポロン神殿の祭典であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イオニア人
いおにあじん
Ionians

古代ギリシア民族の一分派。古伝承ではギリシア人の祖ヘレンHellenの孫イオンIonを祖先とする人々とされ、ドーリス人の侵入に際して「イオニア最古の地」たるアテネの指導下に小アジアのイオニア地域に植民したと伝えられる。彼らは言語学上、アッティカ、エウボイア、キクラデス、イオニアに分布したアッティカ・イオニア方言に属するギリシア語を用いた。居住地は、アテネからエーゲ海の島々を経て小アジア西岸に至る諸ポリスと、それらの植民市に分布していた。紀元前5世紀以降、知的で洗練されたイオニア人と、勇敢だが粗野なドーリス人とが対比されて論じられたが、ドーリス系の植民市でありながら優美な文化を残しているシラクサ(シラクーザ)など、この対比には多くの例外がある。[前沢伸行]

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