改訂新版 世界大百科事典 「ウサギ」の意味・わかりやすい解説
ウサギ (兎)
長い耳と植物をかじることに適した長大な門歯をもつウサギ目Lagomorphaに属する哺乳類の総称。ウサギ目は,以前はネズミやリスなどと同じ齧歯(げつし)目の1亜目重歯類とされたこともあるが,血清学的に齧歯目とは関係が遠いことが明らかになり,形態学的にも大きく異なる点があることから,現在は独立した目とされている。南極大陸とオセアニア,マダガスカルおよび東南アジアの多くの島を除く全世界に広く自然分布する。
ウサギ目の歯は齧歯目に似るが,長大な上下1対の門歯のほかに,上あごの内側に小さな門歯をもう1対もつのが特徴である。門歯は終生のび続け,完全にエナメル質で覆われている。臼歯(きゆうし)は根をもたない。すべて地上生で,おもに草本類,ときに若木の樹皮などを食べる。食べた食物は,初めは盲腸を通らず,やわらかい糞の形で排泄されるが,ウサギは肛門に口をつけてこれを再び飲み込み,最大限に消化吸収された後,固い糞が排泄される。
ウサギ目はナキウサギ科とウサギ科に分けられ,ウサギ科はさらにムカシウサギ亜科とウサギ亜科とに分けられる。
ナキウサギ科は原始的な小型のウサギで,外形は齧歯類のモルモットに似る。ピーピーとよく鳴くことからこの名がある。体長15~25cm,尾はなく,四肢は短い。耳は2cmと短いが,基部はウサギの特徴である円筒状をなす。1属17種がアジアと北アメリカの岩の多い山岳地帯にすむ。岩の間や地面に掘った巣穴に家族群で生活する。日本ではナキウサギの亜種のエゾナキウサギが北海道の山岳地帯に生息する。
ムカシウサギ亜科はアマミノクロウサギ,アカウサギ,メキシコウサギの3属からなり,第三紀に栄えたものの生残りで,3属は地理的に大きく離れて分布している。
ウサギ亜科はもっともふつうにウサギと呼ばれるもので,長く強力な後肢で跳びながら走るのが特徴である。他の多くの哺乳類と異なり,雌のほうが雄より体が大きい。耳は長く,尾は短い。ノウサギ類hareとアナウサギ類rabbitなど8属約37種からなり,家畜のカイウサギはアナウサギを飼い慣らしたものである。
ノウサギ類はユーラシア,アフリカ,北アメリカに分布し,日本の本州以西の野生ウサギは,アマミノクロウサギを除きすべてノウサギ類である。耳の先端に黒斑をもつ。他のウサギ類と異なり,特定の巣をつくらず,木の根もとや茂みなどを休み場とし,単独性。夜活動して,草木の葉,芽,樹皮などを食べる。子は開眼,有毛の状態で生まれ,直ちに歩くことができる。
アナウサギ類はヨーロッパの中部以南と北アフリカに分布するアナウサギと,カナダからアルゼンチンに分布するワタオウサギなどからなる。アナウサギは複雑な構造の巣穴を地下に掘って群れですみ,夜行性で,草,穀物などを食べる。アナウサギ類では生まれたての子は閉眼,無毛で,歩けない。アナウサギを飼い慣らしてつくられたカイウサギは世界中で飼育され,オーストラリア,アメリカなどでは,移入された飼育種が再び野生化して植生に大きな影響を及ぼしている。
執筆者:今泉 吉晴
カイウサギ
ヨーロッパアナウサギをイベリア半島でローマ時代に家畜化したもので,15~16世紀ころからヨーロッパ各地へ広がり,その後全世界へ広がった。日本へ導入されたのは明治維新後である。飼育目的によって次のような品種が成立している。(1)毛皮用種 チンチラ種Chinchilaはフランス原産で,南アメリカ産の毛皮獣チンチラに似た黒白の霜降り状の毛皮をもつ。レッキス種Rexはフランス原産,毛は暗褐色の短毛でビロード状を呈し,高級毛皮の代用品として珍重される。ニュージーランド・ホワイト種New Zealand Whiteはアメリカ原産の白色種。日本白色種の改良にも用いられた。(2)毛用種 アンゴラ種Angoraが有名。(3)肉用種 ベルジアン・ヘアー種Belgian Hareはベルギー原産。毛色も腰高の体型もノウサギに似ている。フレミッシュ・ジャイアント種Flemish Giantはフランス原産の大型種で,体重が6kg以上にもなる。(4)兼用種 日本白色種は明治以降に日本で改良された毛肉兼用種で,体重約4.8kg。(5)愛玩用種 ヒマラヤン種Himalayan,ダッチ種Dutch,ポーリッシュ種Polishなど,体重1~2kgの小型の品種がある。
飼養
ウサギは野草,牧草,野菜,穀類などを体重の10~30%採食するから,これを1日,2~3回に分けて給与する。青草を主食とするときにはとくに水を与えなくてもよいが,分娩(ぶんべん)・哺乳時には給水の必要がある。飼育箱の床はすのこ張りにして足をぬらさぬように注意する。生後8ヵ月くらいから繁殖に供用できる。妊娠期間は30日で5~6匹の子が生まれる。分娩時にはウサギはとくに神経質になるので,暗い産箱を用意しその中で分娩させる。生まれたばかりの子は赤裸で目も開いていないが,発育は早く1ヵ月半で離乳する。ウサギを抱くときには肩の部分を大きくつかんで持ち上げ,耳でぶら下げるようなことをしてはならない。カイウサギにも他のウサギ目のウサギと同様食糞という習性があり,排泄した自分の糞のうち粘膜で覆われた被膜糞を肛門に口をつけて再食する。この糞にはビタミンB12が多量に含まれていてウサギの健康維持に不可欠のものである。ウサギは一般に病気に対する抵抗力が弱く,コクシジウム症,伝染性鼻炎,鼓脹症などにかかりやすい。
利用
ウサギの肉はやわらかでくせがなく,タンパク質に富んでいて栄養価も高いが,脂肪が少なく淡白すぎるきらいがある。昔はソーセージなどの肉の結着力を増すために多用された。ウサギの毛皮は生産費の安い利点はあるが耐久力が劣るので,主として子ども服に用いられることが多い。アンゴラ種の毛は軽くて保温性に富み肌触りもよいので,フェルトや毛糸として利用される。最近ではこれら生産物の利用のほかに,医学,生物学の実験動物として使われることが多くなってきており,品種の中に遺伝的な均一性の高い近交系のものもつくられている。
執筆者:正田 陽一
象徴
ウサギを月と結びつける考え方は世界的な現象で,月に見える黒い影をウサギの姿と見てのことである。古代中国では《楚辞》天問篇その他に月中にウサギがいることが記されており,古代アメリカ,中央アフリカその他でも月とウサギを同一視する現象が見られた。ウサギは月を見てはらむという伝承が中国にあるが,月夜に活動することも,月と結びつけられた理由の一つであろう。ウサギは多産であることから,豊饒(ほうじよう)の象徴とされ,地母神と関係づけられることもあり,他方,淫奔(いんぽん)の象徴ともされる。キリスト教世界で聖母像の足下にウサギが表されるのは,聖母が肉欲を克服したことを示すものとされる。ウサギは弱い動物であるため,神の救いを求めるものとして墓石などに表現されることもある。中国では十二支の一つで卯の字に相当し,月では2月(卯月),方位は東で,中国,韓国の陵墓で東方の守護とされる。
執筆者:柳 宗玄
民俗
日本では飼いウサギは近世末から起こったもので,古くはすべて野生のものであった。このうち西日本のものは年間を通じ黄褐色の毛であるが,東日本のエチゴウサギは冬季白化する。このため西南日本では白いウサギを珍しがり神秘なものとして山の神の仮の姿と考えた痕跡も認められる。両者ともに林木や農作物を食害するので農民に憎まれた。また狡猾(こうかつ)なものとして民話に登場するのも,聴覚が鋭く身軽ですばやく逃走し容易にとらえられないところからきたものであろう。
捕獲法としてはわなや銃によるもののほかに,積雪地方に特有なものとして,わら製の輪,あるいは30~40cmの薪を空中に投げてワシや鷹の羽音をさせ,驚いたウサギが隠れようとして雪の中に首を差し入れ動かずにいるのを手づかみにするバイウチと呼ぶ方法がある。また,西日本では山下に細糸の網を張り,一方からおおぜいでいっせいにウサギを追って網場に追い込み,網にかかったウサギの首をひねる,鳥をとらえるのに類した方法が広く行われた。一般にウサギに限って,1羽,2羽と鳥を数えるような呼称をする習慣が知られ,肉の味が軽く鳥に似ているからと説明されているが,実はこの鳥をとらえるのと同じ方法,すなわち網でとらえるために,鳥と同じ単位で呼称されると解すべきであろう。近世,江戸幕府では正月元旦の食膳にウサギの肉の吸物を出すのを嘉例(かれい)とした。これは徳川氏の祖先が関東管領に追われ,法体で信州松本に流浪したおりに,土地の豪農林氏がウサギをとらえて正月の食膳に饗(きよう)したという伝承に基づいたもので,この事例や鳥類と同じであるという習慣を根拠に,近世の日本で獣肉食が一般に忌まれた中でウサギの肉のみは例外的に食用となっていた。明治以後は肉食が奨励されて飼いウサギが盛んとなり,一種のブームを呼んで高価に取引され弊害を生じ,また太平洋戦争前に毛の長いアンゴラウサギを飼って織物原料とすることが奨励された時期もあった。
執筆者:千葉 徳爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報