フランスの小説家ユゴーの韻文史劇。5幕。1829年9月完成。30年2月25日コメディ・フランセーズで初演。スペインの貴族の娘ドニャ・ソルと山賊の若い統領エルナニは相思相愛の仲である。彼女の伯父の老公爵リュイ・ゴメスと国王カルロスもそれぞれドニャ・ソルに思いを寄せている。幾多の波乱の後,ついにエルナニはドニャ・ソルを妻とすることになるが,婚礼の夜,さきに取り交わした騎士の誓約の履行をリュイ・ゴメスに迫られ,新郎新婦は毒を仰いで死に,これを見たリュイ・ゴメスも自殺する。上演の際,ユゴーを総帥とするロマン派と保守的な擬古典派との間に〈エルナニ合戦〉という闘争を引き起こして,ロマン派劇に勝利を得させ,30年代のロマン主義の隆盛に道を開いた。登場人物の性格描写に難点はあるが,全編を満たす抒情味や美しい背景によって,フランス・ロマン派劇の傑作であることを失わない。
執筆者:辻 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスの作家ユゴーの五幕韻文劇。1830年初演。もと貴族で山賊に身をやつす反徒エルナニと、貴族の娘で孤児のドニャ・ソルとの悲恋物語。恋敵(こいがたき)の1人だったスペイン王ドン・カルロスが皇帝即位をきっかけに仁慈を示して2人の結婚はいったん許されるが、ドン・リュイ・ゴメス老公爵(ドニャ・ソルの後見人)の横恋慕で心中に追い込まれる。ロマン派的主題と騎士道風モラルを柔軟な十二音綴詩句(アレクサンドラン)で華麗に展開して、国立劇場でのロマン派劇公認をかちとった。彼はこれに先だち『クロムウェル』序文で古典主義演劇批判と新演劇の展開を宣言したため、『エルナニ』初演は古典派、ロマン派の決戦の場となった。「エルナニ合戦」の名は後世、この種の演劇上の衝撃的事件を比喩(ひゆ)的にさすこともあるほど著名である。
[佐藤実枝]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…伝統的な古典主義を信奉する人々とロマン主義者たちとの間の文学論争や党派抗争の様相を呈し,1820年から30年にかけてユゴーとサント・ブーブを中心にロマン派が形成され,ロマン主義運動が展開された。この運動は,七月革命と軌を一にして1830年のユゴーの《エルナニ》上演によって勝利を収め,1843年の同じくユゴーの《城主》上演の不成功によって幕を閉じた。その華々しい側面においては古典悲劇形式の打破という演劇運動の観を呈したが,他の分野においても根底的な変革をもたらした。…
…フランスのロマン派の源泉は,実はドイツの疾風怒濤の成立に影響を与えたJ.J.ルソーにまでさかのぼることもできるが,シュレーゲルの劇理論やドイツ・ロマン派の紹介としてのスタール夫人の《ドイツ論》(1810)が果たした役割は大きいし,シラーの《群盗》も大きな影響を与えている。1830年に,ユゴーの《エルナニ》のフランス座上演によって劇場騒動が起こり,古典派の妨害に対してロマン派が勝利を収めた話は有名であるが,43年にはやはり彼の《城主たち》の失敗がロマン派の終焉を告げることになった。悲劇に美のみならず,崇高と怪奇をとりいれて生の真実を示そうとするのが彼の演劇論の骨子であったが,現実の舞台で上演される劇作としては破綻(はたん)を示したのである。…
※「エルナニ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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