〈古典〉という言葉が多義的であるように,〈古典劇〉という言葉もまた多義的であり,あいまいな概念である。古典劇を近代劇と対立する概念だとすれば,近代劇以前の劇が古典劇ということになる。西洋の演劇史では普通イプセン以後の劇を近代劇と呼ぶので,広義には,それ以前の劇が古典劇である。ただし,古典劇という言葉を日本の演劇史に適用することはまれにしか行われない。
狭義の古典劇の第1は,古代ギリシア演劇,古代ローマ演劇のことである。ギリシア悲劇とギリシア喜劇は前5世紀のアテナイを中心に花開き,三大悲劇詩人のアイスキュロス,ソフォクレス,エウリピデス,古喜劇のアリストファネスたちが活躍した。前4世紀にはギリシア新喜劇のメナンドロスがいる。地中海世界の中心がギリシアからイタリアに移ると,演劇もローマの方が盛んになる。前3世紀から前2世紀にかけて,ローマでは,プラウトゥスとかテレンティウスという喜劇作家が作品を上演していた。ローマの悲劇では,紀元1世紀のセネカの作品が残されているが,これは実際には舞台で上演されず朗読されていたと考えられる特殊なものである。これらの古典劇の特徴をまとめて言うことはむずかしいが,あえて簡略化して言えば,次のようになるだろう(ただしセネカの作品はあまりにも特殊なのでここでは除外する)。(1)悲劇と喜劇のジャンルの区分が厳密であること,(2)全部が韻律をもった詩劇であること,(3)仮面の使用,(4)コロスの存在(作家により軽重がある),(5)野外の祭りの時空で上演されたことである。
狭義の古典劇の第2は,これらギリシア・ローマの古典劇に強くその影響をうけて成立した,16世紀から18世紀にかけての古典主義演劇のことである。これはロマン主義演劇の対立概念とも考えられる。とくにフランスで盛り上がった演劇を古典劇(古典主義演劇)と呼ぶことが普通であり,たとえばシェークスピアのようにギリシア・ローマの古典に負うところが大きい作家であっても,彼の作品を古典劇と呼ぶことはあまりない。16世紀の初め,イタリアでは,トリッシーノGiovanni Giorgio Trissino(1478-1550),チンティオCintio,L.アリオスト,N.マキアベリらがギリシア・ローマの古典劇を模倣して試作していた。これがルネサンスの機運に乗り,フランスに波及して影響を与える。フランス語最初の悲劇はE.ジョデルの《囚われのクレオパトラ》(1552上演)であり,そのほかにR.ガルニエやA.deモンクレティアンなどの作家がいた。彼らの時代はいわばフランス古典劇の準備時代であった。一方,アリストテレスの《詩学(創作論)》から新しい演劇理論を生み出そうとする動きがイタリアで起こり,スカリゲルJulius Caesar Scaliger(1484-1558),カステルベトロRudovico Castelvetro(1505-71)らの著述がフランスに紹介され,ラ・タイユJean de la Taille(1540?-1617?),メレJean Mairet(1604-86),J.シャプラン,ドービニャック師らにより一つの理論体系にまとめあげられていった。それは,(1)悲劇と喜劇の明確な区分。悲劇はギリシア・ローマの古代の英雄・王侯・美妃を主人公とし,喜劇は当代の風俗を描く,(2)時,場所,行為はいずれも単一である(いわゆる三統一の法則),(3)〈真実らしさ〉の尊重,(4)過度に残虐なもの,ふざけたものは避ける,(5)荘重,優雅な言葉づかい,というような内容の理論である。これらが規則となると,劇作家の想像力は制限されると考えられて,激しい論争が引き起こされた。しかしながら,この原則はフランス演劇を混乱から救い,結果として,フランス古典劇を生む基盤となったのである。
こうして,17世紀に,劇作家コルネイユ,モリエール,ラシーヌが誕生し,彼らによりフランス古典劇は確立する。確かに〈三統一の法則〉はアリストテレスの誤解から生じたものであるが,フランス古典劇の天才たちは,理論を一つの枠組みとしつつ,さらに作中人物の心理追求や性格の探求に向かった。そこから,古典的均衡のとれた緊密な傑作が生まれたのである。なお,ラシーヌらの悲劇に古典主義と命名したのはボルテールである。18世紀に入るとクレビヨンProsper Jolyot Crébillon(1674-1762),ボルテールらが悲劇を試作するが,いずれも形式主義に堕し,フランス古典悲劇は衰えていく。一方,喜劇では,モリエールのあとJ.F.ルニャール,A.R.ルサージュ,マリボー,ボーマルシェらがいるが,しだいにロマン主義に傾斜していく。イタリアにはP.メタスタージオやV.アルフィエーリの古典主義作家がいる。イギリスでは,17世紀後半から古典主義文学の時代に入り,B.ジョンソン,ドライデン,W.ウィッチャリー,W.コングリーブ,シャドウェルThomas Shadwell(1642?-92)などがおり,18世紀にはR.シェリダンがいる。ドイツではフランス古典主義演劇の影響のもとに,18世紀の中ごろのレッシングをはじめとして,ゲーテ,シラーなどがいる。そのほか,デンマークのJ.L.ホルベア,イタリアのC.ゴルドーニが古典主義作家に入れられることもある。
なお,その後19世紀から今日に至るまで,古代の世界に取材する劇は多く書かれているが,これらを〈古典劇〉と呼ぶことはむずかしい。
→古典主義[文学]
執筆者:木村 健治
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