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エルフルト Erfurt

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エルフルト
Erfurt

ドイツ中部,チューリンゲン州の州都。ライプチヒの西南西約 100kmのゲーラ川沿いに位置する。 724年に修道院がおかれたのが起源で,742年には聖ボニファチウス (→ウィンフリード ) により司教区が設けられた。9世紀にはフランク王国東辺の軍事,行政,商業要地となり,1250年頃マインツ大司教により都市権を与えられた。 1392年ヨーロッパ最古の大学の一つエルフルト大学が創立され,15世紀にはハンザ同盟に加入して商業都市として発展。 1664年にマインツ選帝侯領となり,1802年プロシアに編入。聖セウェルス聖堂 (13~15世紀) ,大聖堂 (1154~1476) ,1505~08年にルターがいたアウグスチノ会修道院など歴史的建築物が多い。 1952~90年エルフルト県 (旧東ドイツ) の県都。交通の要地にあり,商業が盛んで,工業では電気機器,靴,布などの製造が中心。付近は古くから花卉,野菜の栽培で知られ,種子の輸出も行われる。人口 20万3830(2010)。

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デジタル大辞泉の解説

エルフルト(Erfurt)

ドイツ中部、チューリンゲン州の都市。同州の州都。ゲーラ川沿いに位置し、中世には交通の要衝として発展。1949年から1990年まで旧東ドイツに属した。エルフルト大聖堂、ゲーラ川にかかるクレーマー橋、アウグスティヌス会修道院をはじめ、歴史的建造物が数多く残っている。花卉(かき)生産が盛んで、毎年、国際園芸博覧会が催される。エアフルト

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百科事典マイペディアの解説

エルフルト

ドイツ中央部,チューリンゲン州の州都。エアフルトとも。ゲラ川の流れる盆地にあり,チューリンゲン地方の中心都市。花・野菜栽培のほか機械・電子工業が行われる。毎年開催される国際園芸品評会〈イガIGA〉は有名。
→関連項目チューリンゲン

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世界大百科事典 第2版の解説

エルフルト【Erfurt】

ドイツ中部,チューリンゲン州の州都。エアフルトともいう。人口21万3000(1995)。チューリンゲン地方最大の都市で,鉄道・国内航空路の結節点でもある。電機・事務機械・工作機械・光学機器・衣類・製靴工業のほか,郊外では伝統的な花卉・野菜栽培が盛ん。毎年の国際園芸品評会〈イガIGA〉は国外でも有名。また教育大学,医学アカデミー,土木および園芸専門学校もある。中世の交易路の交差する位置にあったこの町は早くからドイツ有数の商業都市として栄え,1250年ころには自治権を得る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エルフルト
えるふると
Erfurt

ドイツ中部、チューリンゲン州の州都。エアフルトともいう。1949~90年は旧東ドイツに属した。チューリンゲン盆地南部、ゲーラ川に沿う標高200メートルの地にある。人口20万0600(2000)。市内には多くの教会があり、また、ワイマールに近く、かつてのドイツ精神界の中心地として「チューリンゲンのローマ」の別称がある。肥沃(ひよく)なレス(黄土)土壌と地下水位が高いことにより、花木の種子、苗木の生産が盛んで、国際園芸博覧会(IGA)が毎年開催されている。かつて大学があったが、1816年に閉鎖され、第二次世界大戦後、教育大学と医科大学、哲学神学大学、工業大学、園芸大学が創設されて、市北西部に新しい大学地区が成立した。市北部には精密機械、電気技術、重機械、靴、衣服の各工業が集中している。[佐々木博]

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